2019年07月15日

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読書日和

山本太郎さんに極左テロリスト集団・中核派が支持表明

13/07/19 23:18

10日以上前から話題になっていますが、参議院選挙に出馬している山本太郎氏に極左テロリスト集団・中核派が支持表明しました。

7月8日、中核派サイトに山本太郎氏が登場した時の画像キャプチャ
http://twitpic.com/d1ihm1

7月15日更新、最新の記事にも山本太郎氏の特集記事が載っています。
http://www.zenshin.org/index.htm

ちなみに7月15日更新の最新記事では「全国の力で山本太郎さんを国会へ」と書かれていますが、これで仮に山本太郎氏が当選した場合、前代未聞の極左テロリスト集団に支持された国会議員が誕生してしまうことになります。
これは洒落にならないです。
中核派サイトのトップには「革命的共産主義者同盟全国委員会」などと書かれていますが、一般にこの手の革命がどうのこうのという主張をする人達のことを左の翼、左翼(さよく)と言います。
ただし日本の左翼は世界の左翼と大きく異なっていて、世界の左翼がまがりなりにも自分の国のことを考えているのに対して、日本の左翼は自分の国を潰す為に活動することから、しばしば反日左翼と呼ばれます。
社民党の福島みずほ氏ほか全員、共産党全員、民主党の仙谷由人氏、菅直人氏、岡崎トミ子氏などに代表される大半の議員、などは全てこの反日左翼に該当します。
そして中核派の場合は反日左翼どころか極左過激派暴力集団であり、そんなのに支持されている山本太郎氏は異常と言うほかありません。

山本太郎氏はもはや芸能人としても政治家としても終わっています。
今や脱原発がどうのというより、完全にただの極左過激派危険思想者になってしまいました
脱原発に極度に傾倒した人の成れの果てですね。
以前書いた「脱原発過激派」という記事、いよいよこの勢力が露骨に山本太郎氏を担ぎ上げて国政に送り込もうとしているようです。

山本太郎氏が出馬しているのは、東京都選挙区。
私は東京都民の民度が試されていると思います。
どうしても投票したいというのであれば止めはしませんが、こんな人が当選するようだと、東京都民のレベルの低さが全国に知れ渡ることになります。
私も東京都民なのでさすがにそれは恥ずかしいです。

ちなみに、テレビや新聞では脱原発を主導している人達がこういう危険な人達だということを、全く報道しませんね。
極左過激派テロリスト集団なのに、です。
これはなぜかと言うと、マスコミ自体が左の翼、左翼の思想、それも「反日左翼思想」に染まり切っているため、同族意識で左翼勢力に都合の悪いことを隠蔽するためです。
国民に知られると困る、と考えているのです。
※マスコミがなぜそんなことになったのかについては、以前書いた「なぜ不可能であったか」という記事をご参照ください。

驚くべきことに、5つある東京選挙区の改選議席のうち、山本太郎氏は5番手争いをしているとのこと。
当選圏にいると言うのだから衝撃的です。
山本太郎氏のこういった実態をまだまだ知らない人が多いのか、東京都民の私は暗澹たる気持ちでいます。
何はともあれ、東京選挙区の山本太郎氏が投票が終わって果たしてどういった結果になるのか、注目です。

#政治

カテゴリー:政治

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人類の大救世主大塚寛一先生の大日本精神宣言です!

人類の大救世主大塚寛一先生の「大日本精神」建白書写経でございます!心の眼で拝読願います!
「大日本精神」
(建白書)
第一号(昭和十四年九月十一日発行)
★大日本精神 宣言
真の大日本精神は即ち世界精神であり、世界構成の根本原理であって、かつ全宇宙を活動せしめて居(お)る原動力の現われが即ち大日本精神である。故(ゆえ)に世の始めより世の滅したる後と雖(いえど)も不変不滅の大道である。その根元を把握せざる所には真の大日本精神は絶対存在せず、世界も亦(また)之に遵(したが)わねばならぬ。これを世界に宣布すべき大任は日本にのみ課せられたる大使命にして、これを世界に広むるには、先(ま)づ日本の一切制度機構を真の大日本精神に復帰せしむべきである。而(しか)して統一完備せる国力を以(もっ)て、人類社会の大混乱の解除救済に乗出さねばならぬ。これは一部自己民族の為に他を顧(かえり)みざる欧洲諸国の如き利己本意の精神に非(あら)ず、真に人類の味方となって世の矛盾を伐(た)ち真の大同和による人類最高の目標に到達せしめ万人の欲する摩擦なき世界を出現せんが為、大日本精神による聖戦を茲(ここ)に宣言す

                              大塚 寛一
                        (昭一四、九一一、於橿原)人類の大救世主大塚寛一先生の「大日本精神」建白書写経でございます!心の眼で拝読願います!
「大日本精神」
(建白書)
第一号(昭和十四年九月十一日発行)
★大日本精神宣言
真の大日本精神は即ち世界精神であり、世界構成の根本原理であって、かつ全宇宙を活動せしめて居(お)る原動力の現われが即ち大日本精神である。故に世の始めより世の滅したる後と雖(いえど)も不変不滅の大道である。その根元を把握せざる所には真の大日本精神は絶対存在せず、世界も亦(また)之に遵(したが)わねばならぬ。これを世界に宣布すべき大任は日本にのみ課せられたる大使命にして、これを世界に広むるには先(ま)づ日本の一切制度機構を真の大日本精神に復帰せしむべきである。而(しか)して統一完備せる国力を以(もっ)て、人類社会の大混乱の解除救済に乗出さねばならぬ。これは一部自己民族の為に他を顧(かえり)みざる欧洲諸国の如き利己本意の精神に非(あら)ず、真に人類の味方となって世の矛盾を伐(た)ち真の大同和による人類最高の目標に到達せしめ万人の欲する摩擦なき世界を出現せんが為、大日本精神による聖戦を茲(ここ)に宣言す。

                              大塚寛一
                        (昭一四、九一一 於橿原)人類の大救世主大塚寛一先生の「大日本精神」建白書写経でございます!心の眼で拝読願います!
「大日本精神」
(建白書)
第一号(昭和十四年九月十一日発行)
★大日本精神 宣言
真の大日本精神は即ち世界精神であり、世界構成の根本原理であって、かつ全宇宙を活動せしめて居(お)る原動力の現われが即ち大日本精神である。故(ゆえ)に世の始めより世の滅したる後と雖(いえど)も不変不滅の大道である。その根元を把握せざる所には真の大日本精神は絶対存在せず、世界も亦(また)之に遵(したが)わねばならぬ。これを世界に宣布すべき大任は日本にのみ課せられたる大使命にして、これを世界に広むるには、先(ま)づ日本の一切制度機構を真の大日本精神に復帰せしむべきである。而(しか)して統一完備せる国力を以(もっ)て、人類社会の大混乱の解除救済に乗出さねばならぬ。これは一部自己民族の為に他を顧(かえり)みざる欧洲諸国の如き利己本意の精神に非(あら)ず、真に人類の味方となって世の矛盾を伐(た)ち真の大同和による人類最高の目標に到達せしめ万人の欲する摩擦なき世界を出現せんが為、大日本精神による聖戦を茲(ここ)に宣言す

                              大塚 寛一
                        (昭一四、九一一、於橿原)人類の大救世主大塚寛一先生の「大日本精神」建白書写経でございます!心の眼で拝読願います!
「大日本精神」
(建白書)
第一号(昭和十四年九月十一日発行)
★大日本精神宣言
真の大日本精神は即ち世界精神であり、世界構成の根本原理であって、かつ全宇宙を活動せしめて居(お)る原動力の現われが即ち大日本精神である。故に世の始めより世の滅したる後と雖(いえど)も不変不滅の大道である。その根元を把握せざる所には真の大日本精神は絶対存在せず、世界も亦(また)之に遵(したが)わねばならぬ。これを世界に宣布すべき大任は日本にのみ課せられたる大使命にして、これを世界に広むるには先(ま)づ日本の一切制度機構を真の大日本精神に復帰せしむべきである。而(しか)して統一完備せる国力を以(もっ)て、人類社会の大混乱の解除救済に乗出さねばならぬ。これは一部自己民族の為に他を顧(かえり)みざる欧洲諸国の如き利己本意の精神に非(あら)ず、真に人類の味方となって世の矛盾を伐(た)ち真の大同和による人類最高の目標に到達せしめ万人の欲する摩擦なき世界を出現せんが為、大日本精神による聖戦を茲(ここ)に宣言す。

                              大塚寛一
                        (昭一四、九一一 於橿原)人類の大救世主大塚寛一先生の「大日本精神」建白書写経でございます!心の眼で拝読願います!
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第一号(昭和十四年九月十一日発行)
★大日本精神 宣言
真の大日本精神は即ち世界精神であり、世界構成の根本原理であって、かつ全宇宙を活動せしめて居(お)る原動力の現われが即ち大日本精神である。故(ゆえ)に世の始めより世の滅したる後と雖(いえど)も不変不滅の大道である。その根元を把握せざる所には真の大日本精神は絶対存在せず、世界も亦(また)之に遵(したが)わねばならぬ。これを世界に宣布すべき大任は日本にのみ課せられたる大使命にして、これを世界に広むるには、先(ま)づ日本の一切制度機構を真の大日本精神に復帰せしむべきである。而(しか)して統一完備せる国力を以(もっ)て、人類社会の大混乱の解除救済に乗出さねばならぬ。これは一部自己民族の為に他を顧(かえり)みざる欧洲諸国の如き利己本意の精神に非(あら)ず、真に人類の味方となって世の矛盾を伐(た)ち真の大同和による人類最高の目標に到達せしめ万人の欲する摩擦なき世界を出現せんが為、大日本精神による聖戦を茲(ここ)に宣言す

                              大塚 寛一
                        (昭一四、九一一、於橿原)人類の大救世主大塚寛一先生の「大日本精神」建白書写経でございます!心の眼で拝読願います!
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(建白書)
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★大日本精神宣言
真の大日本精神は即ち世界精神であり、世界構成の根本原理であって、かつ全宇宙を活動せしめて居(お)る原動力の現われが即ち大日本精神である。故に世の始めより世の滅したる後と雖(いえど)も不変不滅の大道である。その根元を把握せざる所には真の大日本精神は絶対存在せず、世界も亦(また)之に遵(したが)わねばならぬ。これを世界に宣布すべき大任は日本にのみ課せられたる大使命にして、これを世界に広むるには先(ま)づ日本の一切制度機構を真の大日本精神に復帰せしむべきである。而(しか)して統一完備せる国力を以(もっ)て、人類社会の大混乱の解除救済に乗出さねばならぬ。これは一部自己民族の為に他を顧(かえり)みざる欧洲諸国の如き利己本意の精神に非(あら)ず、真に人類の味方となって世の矛盾を伐(た)ち真の大同和による人類最高の目標に到達せしめ万人の欲する摩擦なき世界を出現せんが為、大日本精神による聖戦を茲(ここ)に宣言す。

                              大塚寛一
                        (昭一四、九一一 於橿原)人類の大救世主大塚寛一先生の「大日本精神」建白書写経でございます!心の眼で拝読願います!
「大日本精神」
(建白書)
第一号(昭和十四年九月十一日発行)
★大日本精神 宣言
真の大日本精神は即ち世界精神であり、世界構成の根本原理であって、かつ全宇宙を活動せしめて居(お)る原動力の現われが即ち大日本精神である。故(ゆえ)に世の始めより世の滅したる後と雖(いえど)も不変不滅の大道である。その根元を把握せざる所には真の大日本精神は絶対存在せず、世界も亦(また)之に遵(したが)わねばならぬ。これを世界に宣布すべき大任は日本にのみ課せられたる大使命にして、これを世界に広むるには、先(ま)づ日本の一切制度機構を真の大日本精神に復帰せしむべきである。而(しか)して統一完備せる国力を以(もっ)て、人類社会の大混乱の解除救済に乗出さねばならぬ。これは一部自己民族の為に他を顧(かえり)みざる欧洲諸国の如き利己本意の精神に非(あら)ず、真に人類の味方となって世の矛盾を伐(た)ち真の大同和による人類最高の目標に到達せしめ万人の欲する摩擦なき世界を出現せんが為、大日本精神による聖戦を茲(ここ)に宣言す

                              大塚 寛一
                        (昭一四、九一一、於橿原)人類の大救世主大塚寛一先生の「大日本精神」建白書写経でございます!心の眼で拝読願います!
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(建白書)
第一号(昭和十四年九月十一日発行)
★大日本精神宣言
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                              大塚寛一
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                              大塚 寛一
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                              大塚寛一
                        (昭一四、九一一 於橿原)
posted by rio at 07:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人類の大救世主大塚寛一先生の暗夜の光明です!



暗夜の光明

(昭和11年 発行)



発行兼編輯および印刷人 大塚霊妙


発行所 霊 源 閣          










人は將(まさ)に山頂の一滴にして~の試練の寸前なり。

此の一歩、此の一瞬、右か左か善か惡か苦か樂(らく)か 熟讀翫味(じゅくどく・がんみ)されたし。

鍋中(なべちゅう)の餌(?)は豆腐、○ヘに寄るも鍋を經(へ)て

業火(ごうか)に煮(に)る。

自己安心は網(あみ)にかゝれる蛤(はまぐり)の如(ごと)し

氣付(きづき)たる時(とき)は札付(ふだつき)となる。

印度(いんど)、ユダヤは何(なに)を物語(ものがた)りつゝありや。

自己を超越(ちょうえつ)したる眞(しん)の自己にかゑれ、

而して時流(じりゅう)を觀破(かんぱ)して善所(ぜんしょ)せざれば絶對(ぜったい)安住(あんじゅう)の地(ち)なし。


  師(し)は生れ乍ら(うまれながら)異常な眼識力(がんしきりょく)の持主でありました 普通人(ふつうじん)と異なる點(てん)を擧(あげ)ますと 生れ出てより今日に至るまで不思議の連續(れんぞく)であります 其の一部を申しますと 今より三十餘年前(さんじゅうよねんまえ)未だ十二歳の頃 四國(しこく)の草深い片田舎(かたいなか)に居て 已(すで)に世界の大勢を觀破(かんぱ)し 又自己を始め姉弟の運命に至るまで豫言(よげん)しました事が今日に至り全部的中(ぜんぶてきちゅう)してまいりました、其(そ)の當時(とうじ)何人(なんぴと)も眼を丸くし疑見(ぎけん)するのみでしたが今日に至て(いたって)は疑(うたがい)の餘地(よち)はありません、其の豫言の一端を申(もうし)ますと 世界の一大勢力の移動期に遭遇(そうぐう)して來た、それは今まで地上を征伏(せいふく)して居た白人の勢力も西洋文化の破潰(はかい)すると共に暫時(ぜんじ)東進(とうしん)なし 近く亞細亞(あじあ)に移り、西洋文化と東洋文化が融和した理想文化が亞細亞人(あじあじん)の手により建設さるゝ時の近づけるを豫言(よげん)し 滿洲(まんしゅう)方面に一大文化的中心が出來上り相前後(あいぜんご)して天啓(てんけい)により人類最大最高の救世主の出現なし、人類發生(はっせい)してより始(はじめ)ての平和なる理想社會(りそうしゃかい)を吾が國(わがくに)に建設なし 忽(たちま)ち周圍(しゅうい)に波汲(はきゅう)して地上は短期間に理想化さるゝも 其(そ)の救世主出る事の後(おく)るゝ時は世(よ)の始(はじめ)より 未だ且て(いまだかつて)經驗(けいけん)せざる苦(く)るしみに 逢事(あうこと) 又(また)救世主出るとも信し目覚ざる(しんじめざめざる)時は  遠から(とおからず)雌(めし)べなき花の西に開く事を象知(しょうち)し居(い)たのであります、之(これ)十二歳(じゅうにさい)の時(とき)同年輩(どうねんぱい)の少年(しょうねん)を集(あつ)めて語(かた)り續(つづ)けて居(い)た 實話(じつわ)であります。

其(そ)の當時(とうじ)都會(とかい)ならる田舎に居て何の刺戟(しげき)なき中に育ちつゝ自然の動きのみを見て種々(しゅじゅ)の物を發明發見(はつめいはっけん)なし 今日一般に必需品又は世間の常識となつて居るものも數々(かずかず)あります。

かゝる豫言の的中は何千頁(なんぜんぺーじ)を要するもつきなひのであります。十二歳と云(いえ)ば未(いま)だ乳(ちち)の香(か)も失(う)せぬ無邪氣(むじゃき)なる可(べ)きに師は話して云われるに吾(わ)しわ實業家(じつぎょうか)となるには北海に行き漁業をなすか南米に行き新天地の開拓するもよいが而(しか)し自分は金錢を超越した人間終局の目的に向(むか)ひ一大苦業(いちだいくぎょう)すべく進む外(ほか)何物も眼中に存(そん)しないと常に大言壮語(たいげんそうご)して居たのです。

其(そ)の當時(とうじ) 親兄弟と謂(い)へど此(こ)の言(げん)を聞き不思議の空想(くうそう)とより思はない者はなかつたでしょう。

そして師(し)は責任ある長男に生(うま)れましたが 草深い田舎ではどふしてもじっとして居(い)られず再三再四(さいさんさいし)父に願(ねが)ふも聞入(ききい)れられず、自(みずから)も又(また)推(おさ)へんとしても耳元(みみもと)に囁(ささや)く聲(こえ)の日掾iひまし)高まるにつれ遂(つい)に決心して 十二歳の十一月三日霙(みぞれ)降る朝(あさ)漂然(ひょうぜん)孤獨(こどく)の旅に出たのが苦業の始(はじまり)であります、それより已(すで)に三十幾年間(さんじゅういくねんかん)支那朝鮮(しなちょうせん)を始(はじめ)内地(ないち)は勿論(もちろん)深山幽谷(しんざんゆうこく)に別け入り苦業の蹟(あと)は全く常人のなし得ざるのみか象想(そうぞう)だに及はさる(およばざる)處(ところ)にして其(そ)の間(かん)死生の堺(さかい)に立つ事(こと)数十囘(すうじゅっかい)其(その)つど不思議の靈人(れいじん)は常(つね)に師(し)を守り今日あるを得たのであります。

追々(おいおい)苦業の道筋を發表するに連れ其の當時の人の瞳の奥深く不思議の人として殘(のこ)つて居る記臆(きおく)が又(また)再び現實(げんじつ)となつて相見(あいみ)る事が近き日にある事と思われます、此の三十餘年間を經(へ)たる今日(こんにち)師は何を思ひ何を語らんとして居るのでありましょふか、こゝに記載してある事は千尋(せんじん/ちひろ)の大海(たいかい)に油滴(ゆてき)を投したる(とうじたる)銀幕(ぎんまく)にひとしいものであります。

師(し)は此(こ)の永(なが)き苦業によつて磨(み)がゝれたる心鏡(しんきょう)に 社會状勢が如何(いか)に反映し なにをなさんと考へて居るでありましょうか、否(いな)已(すで)に師は腦裏(のうり)に出來上りし社會構圖(しゃかいこうず)を將(まさ)にコンパスと定器(じょうぎ)を持つて天空(てんくう)に畫書(えが)き出(いだ)さんとして居るのであります。

之(これ)を略(りゃく)せば 一點(いってん)に始まつて一點に納まるも 擴(ひろ)げば三界(さんがい)を包みて尚(な)ほ餘(あま)す處(ところ)なき深遠微妙(しんえんびみょう)不可思議(ふかしぎ)の法(ほう)であつて 一旦(いったん)口を開けは(ひらけば)幾世(いくせ)語るも黄河(こうが)の水の盡(つき)ざる如く 又(また)聞(きか)ざるは大河(たいが)の傾斜(けいしゃ)急流(きゅうりゅう)なるエネルギーを電化(でんか)せざるが如く 再び得(え)る事が出來(でき)ないのであります。

それは師の念頭(ねんとう)なにものもなく たゞ來(きた)る物の冩(うつ)る姿を讀(よむ)が故(ゆえ)同一の事を再び語り出さないのであります、それで居て超化學的(ちょうかがくてき)又(また)超數理的(ちょうすうりてき)な數理化學(すうりかがく)なのであります、其の中に最も深き~祕(しんぴ)を語(かた)るものであります。

師にかわつて無學(むがく)なる私(わたし)が代筆して發行(はっこう)しました故(ゆえ)意味前後不徹底の點(てん)多く御座さいましよふが 御考讀(ごこうどく)願へれは(ねがえれば)幸(さいわい)に存(ぞん)じます。

                  

筆  者  大 塚 靈 妙(おおつか れいみょう)



大日(だいにち)の本ヘとは 如何なる理由で

銘名(めいめい)されたのでありませうか


 此處(ここ)に申(もう)します大日(だいにち)は、吾々(われわれ)の住(す)んでいる太陽系(たいようけい)の世界(せかい)ばかりでなく、全宇宙(ぜんうちゅう)の隅々(すみずみ)まで 照(て)らし盡(つ)くして、X光線(えっくす・こうせん)のように 物(もの)の中(なか)は無論(むろん)のこと、其(そ)の他(た)一切(いっさい)のものの表裏(ひょうり)の別(べつ)なく、時間空間(じかんくうかん)を超越(ちょうえつ)して、照(て)らし抜(ぬ)く其(そ)の、光の本(ひかりのもと)が大日(だいにち)なのであります。言い換(か)えれば 一大靈光(いちだいれいこう)の源(みなもと)なのであります。皆(みな)さんが見(み)て居(お)られる 世界(せかい)は、お日様(おひさま)が照(て)らしてくれて 其(そ)の反射(はんしゃ)による 影法師(かげぼうし)のようなもので、ほんとうの 物(もの)の姿(すがた)ではありません。

 色合い(いろあい)ばかりでなく、ものの輕重(けいちょう)、又(また)、軟(やわ)らかい堅(かた)いというような事(こと)も決して決定的なものではありません。

 それが此(こ)の大日(大靈光)が照らして見る時に、吾々(われわれ)にも初めて 見る事が出來るのであります。今まで堅(かた)いと思い込んでいたものが存外(ぞんがい)軟(やわ)らかいものであったり、又(また)、通れないと思っていた所(ところ)が樂(らく)に通れたりします。萬事(ばんじ)が 持っていきよう次第(しだい)で、 自由(じゆう)になることが解(わか)ります。そこに皆(みな)さんの見たことのない別の世界(べつのせかい)があるのであります。

 物(もの)の本體(ほんたい)が解(わか)れば、其(そ)の迷(まよ)ひが醒(さ)めて、苦しみが去り 喜びの日送り(ひおくり)が出來ます。大日(だいにち)の照る世界に出ますと、出來る事と出來ない事が、直(す)ぐ誰(だれ)にも解(わか)り、一挙一動(いっきょ・いちどう)無駄(むだ)がなく、望み以上の効果が生(しょう)じますが、大日の照らさない間は、昇れない天に昇ろうとして苦労し、其のうちに結構(けっこう)な道を踏みはずして、取返し(とりかえし)のつかぬ失態(しったい)を生じます。

 一挙一動(いっきょ・いちどう)焔ホ(せいきん)に働いても、自分がする事の本體(ほんたい)を大日(だいにち)に照らして、よく見極(みきわ)めないと、流れ川を埋(う)めようとして、砂糖(さとう)を投じて(とうじて)いる樣(よう)な事にもなり、稼(かせ)ぎを追い越す貧乏(びんぼう)がそこに生じて(しょうじて)來ます。

 治(なお)る病(やまい)を自分で重くして此の世を旅立たねばならないことにもなります。今迄(いままで)は一切(いっさい)を、固定(こてい)しているように思つて、色相に捕(とら)はれていた迷(まよ)ひの世界より、実態(じったい)を照らす大日(だいにち)の世界に生まれ出(いで)しめようとして、互(たが)ひの心に永(なが)く眠(ねむ)れる靈眼(れいがん)を開くべく、明けの鐘(あけのかね)を鳴らすのが、大日本ヘなのであります。




大  日 の  本 ヘ

十幾億(じゅういくおく)の我人類同胞(じんるいどうほう)よ

方向を轉(てん)じて一大靈光(いちだいれいこう)を仰ぎ見よ。

然らば卽刻(そっこく)理想境(天國淨土)は諸衆の足許(あしもと)に開かる。

此(こ)の一大靈光(いちだいれいこう)に反して立つ時は、永遠に陰(かげ)を追ふて眞實(しんじつ)を得(う)る事(こと)難(かた)し。

我等(われら)人類は最早(もはや)人道(じんどう)を歩むべき時に非(あ)らず。

眞に歩むべき道は此(こ)の眞(大靈光の照せる處の)道あるのみ

重ねて申す、人なるが故に人の道を歩まんとする勿(なか)れ。

萬有(ばんゆう)を一貫(いっかん)せる眞理(しんり)には、人と~との二途  (にと)ある事なし。(大海の怒濤(どとう)遡卷(さかま)き萬波(ばんぱ)生ぜど水平線より出でて、水平線に復(か)へり、其(そ)の水平線に二線(にせん)なきが如し。)

大靈光(だいれいこう)は絶對(ぜったい)にして、光明(こうみょう)其(そ)のものなるが故(ゆえ)に、陰を宿さず。人は~(大靈光)と相對(そうたい)なるが故に人のみ常に陰(かげ)を伴(ともな)ふ。

故に人道(じんどう)に依(よ)つて事を爲さんか、全(まった)き事なく、光明(こうみょう)強き程(ほど)益々(ますます)其(その)陰(かげ)濃(こ)し。

人知(じんち)は以(も)つて人類(じんるい)を益々(ますます)危地(きち)に陥(おちい)らしめつつあり。

醒(さ)めて而(しか)して人間の小智(しょうち)を捨て、眞道に立ち歸(か)へらば、忽(たちま)ち足下(そっか)に、理想ク(天國淨土)は開かれん。

人は~靈(しんれい)の發露(はつろ)にして、~靈(しんれい)に反せし自己は、眞(しん)の自己を離れし影法師(かげぼうし)なり。

明日と云はず、卽刻(そっこく)我が眞道に歸(か)へれ。此(こ)の大靈光(だいれいこう)は、宇内(うない)廣(ひろ)しと雖(いえど)も 最後(さいご)の最少一點(さいしょう・いってん)にのみあり。

故(ゆえ)に我が人類の上に來(きた)る事は、未(いま)だ世の始(はじ)めよりありし事なく、然(しか)れども世の始めより世の終り迄(ま)で、又、地軸の中は愚(おろか)、三世十方(さんぜ・じっぽう)を照破(しょうは)し盡(つく)さざる所なし。 

釋迦(しゃか)は西方淨土(さいほうじょうど)に之(こ)れを認め、キリストの東方天國に認めたる一大靈光(いちだいれいこう)は既(すで)に、吾等人類の頭上に出現せり。之(こ)れ人類中の大聖人(だいせいじん)が證言(しょうげん)せることの實現(じっそう)なり。

最早(もはや)、靈光を遠望(えんぼう)すべき時に非(あら)ず。一大靈光により 心眼(しんがん)を開き、唯一の眞道を歩み、絶對(ぜったい)の境地(きょうち)に 入るべき時は來(きた)れり。

我が眞道に立脚する時は、靈足(れいそく)地軸(ちじく)に達せる超人(ちょうじん)の如くにして、七轉八倒(しちてんばっとう)の憂(うれい)なし。

~軍喇叭(しんぐんらっぱ)はすでに吹き始められ、宇内(うない)の聖靈(せいれい)は今や地上(ちじょう)に集(あつま)り、一大靈光(いちだいれいこう)を中心として諸菩薩(しょぼさつ)の出現(しゅつげん)の時(とき)は來(きた)れり。


救 世 主 出 現


地上の人類が、永い間待ちに待つた、大親が地上にお降りになりました。もう之(こ)れで如何(いか)なる罪深い者でも立所(たちどころ)に救(すく)はれ、一人殘(のこ)らず彌陀(みだ)の人となる事が出來ます。

今迄(いまま)で縁(えん)なき衆生(しゅじょう)は度(ど)し難(がた)しと申しまして、一切のものが救(すく)はれることが出來ませんでしたが、釋迦(しゃか)の豫言(よげん)せられし彌勒菩薩(みろくぼさつ)や、キリストのいはれた天國の父に相當(そうとう)する、最高最大の御力で、一切の衆生済度(しゅじょう・さいど)に來られました、片時(へんじ)も早く此の御光(みひかり)に浴し、無明(むみょう)の暗(やみ)より救(すく)はれん事をおすゝめ申します。

今や地下の準備なり、光明の世界に出(いで)んとしての鳴動(めいどう)は、世界の非常時となり、全般に渉りて一大動搖(いちだいどうよう)を來(きた)しつつあります。

此の非常時、此の動搖(どうよう)は、丁度(ちょうど)、母胎内(ぼたいない)の闇(やみ)から光明の世界に生れ出んとしての惱みであります。

生れ出でて最高の御光り(みひかり)に照(てら)して見る時は、今迄での惡の世界、苦の世界、鬪爭の世界と、苦しみ迷ふてゐた此(こ)の世界(せかい)其(その)まゝが、大親の御懐(みふところ)であつたのであります。

現在迄での生活狀態は、左に進むも、亦、右に行くも、不合理にして不得已(やむをえ)ざる行動でした。眞の自由は完全に束縛(そくばく)されて居たのです。それは、胎内の子供が成長するに從(したが)ひ不自由になるが如く、今の世の人々は極度の捉縛(そくばく)を受けてゐます。

然し、~は眞善(しんぜん)にして少しの惡も造り出す事なく、此の不自由なる捉縛(そくばく)と世のあらゆる矛盾は光明の世に生れ出でしめんとする前の、しるしであります。がそれを氣付く人のないのは、丁度(ちょうど)母胎内(ぼたいない)に居(い)て母を知る事が出來(でき)ぬ樣(よう)に、此(こ)の暗路(やみじ)でどうして~(かみ)を見ることが出來ませう。

~(かみ)は愚(おろ)か眞の自己を知る事さへ出來ないのですもの、其の無明の暗路(やみじ)に迷つてゐるのが現在の社會です。之(こ)れが此の世ながらの地獄です。

而して~は至善(しぜん)でありますから、地獄といへど眞の惡(あく)は何處(どこ)にも造られてゐないのです。が、暗路に迷ふ人々には順逆を誤つて、一切のものが惡化してゐるのみです。

光明が照(てら)して、迷ひが醒(さ)めても、周圍(しゅうい)の事情に變(かわ)りはありませんが、迷へる者と醒めたる者とは、黒白の差よりも甚だしい違いで、此のまゝで地獄が一轉(いってん)して、忽ち天國となり、極樂となるのであります。

母の胎内(たいない)より出でゝ、懐(ふところ)に抱き上げらるゝ時、自由と光明と

が得(え)られるのであります。

斯樣(かよう)にし胎兒(たいじ)が母(はは)を知る如く、眞(しん)に目醒(めざ)めたる時始めて、大~(おおかみ)を知り、自己を知る事が出來るのであります。

その抱き上げるのが、天國(てんごく)の父であり、彌勒菩薩(みろくぼさつ)なのであります。一口に申せば世界の大親なのであります。

大親なる故に、世の一切(いっさい)のものを造り出す無限の力によって、一切の惡を立所(たちどころ)に善化(ぜんか)し盡(つく)すのであります。

昔キリストは時は近づけりと申しましたが、今は既に時は「來た」のであります。

此の時、此の際、醒めざる者は、不淨(ふじょう)埃芥(あいかい)として永遠に葬り去らるゝ時が來たのであります。

今の世(よ)に存在せるものに、一物(いちもつ)として惡なるものはありませんが、しかし一旦(いったん)不要(ふよう)のものとなれば、立所(たちどころ)に此(こ)の世より取去(とりさ)らるゝのであります。

迷へる者は速(すみや)かに醒(さ)めなければなりません。早く醒められよ、而して、大親の懐(ふところ)にいだかれて、眞の生命に生くることこそ急務(きゅうむ)であります、急務どころではない、最も樂しい最も意義あることなのであります。

普通世間(ふつう・せけん)に於て慈母(じぼ)の愛に勝る愛はありませんが、それにも勝る絶對無限大(ぜったい・むげんだい)の愛に滿(み)てる此(この)大親にいだかれる事を措(お)いて、何處(どこ)に、安き道があり得(え)られませうか。



大 日 本 ヘ の 理 論 的 世 界 觀


大極(~)は時空(じくう)を超越(ちょうえつ)せるそのまゝの姿です。

其のまゝの姿は卽(すなわ)ち空(くう)でありまして、有(あ)るがまゝの空で――あるがまゝの空とは一切の物が運動を停止した時です。

時は運動に依(よ)る變化(へんか)の尺度(しゃくど)を現すに過ぎません。

運動は又(また)力を生じます。

二對(につい)以上の力の交叉點(こうさてん)に於(おい)て、始めて物を生じます。

力は放力(ほうりょく)と引力(いんりょく)とを同時に生じ、他の二大力と相交叉(あいこうさ)して、他の引くものを放ち、放つものを引く、――故に、停止する事なく、    無始無終(むしむしゅう)に運動を引き起して行きます。

かくて如何(いか)なるものも、引力と放力との作用なきものはありません。

故に一定の物質なく、一定の時間もありません。

換言(かんげん)すれば、萬物一切(ばんぶついっさい)は、力の交叉點にして、交叉點の連續(れんぞく)が存在となります。

力を去つて物なく、又(また)時(とき)もありません。

又(また)變化(へんか)無(な)き所に力なく、變化は二物(にぶつ)以上にして生じ、一物(いちぶつ)なる時は、卽(すなわち)空(くう)です。

空中(くうちゅう)に有(ゆう)の出現(しゅつげん)により、空(くう)と有(ゆう)の交叉點(こうさてん)は、物を發生(はっせい)します。

以上が此(こ)の一大靈光(いちだいれいこう)に依り照破(しょうは)せる大日本ヘの理論的世界觀であります。

――本ヘは萬物(ばんぶつ)を照し出す、靈光を本體(ほんたい)と致します ――



人 道 と 眞 (~) 道 の 相 違


釋迦(しゃか) キリストが法を説き、孔孟(こうもう)が道をヘへてより、数千年の今日に至るも、未(いま)だ世(よ)は聖化(せいか)されません。却(かえ)つて日々惡化する所以(ゆえん)は何處(いずこ)にありませうか。

眞道は、萬古不變(ばんこふへん)の善なるべき筈(はず)であります――先聖偉人(せんせい・いじん)が道をヘへ法を説く前から未だ黒白に轉倒(てんとう)なき如く――   然(しか)るに、道に習はんとして遠ざかる事(こと)千萬里(せんばんり)、今では     見方(みかた)に依(よ)つては鳥獣(ちょうじゅう)よりも道を去る事(こと)遠き     狀態(じょうたい)です。 

      ○

眞理(しんり)にかなふた人生を略言(りゃくげん)すれば、働く事が卽(すなわち)、     樂(たの)しみであり、尚(なお)身(み)は長壽(ちょうじゅ)、業(ぎょう)は繁榮(はんえい)して、而(しか)して、自己の利益は卽(すなわち)社會(しゃかい)の利益と一致(いっち)すべき處(ところ)になければなりません。

然(しか)るに、現在の人の世(よ)の有様を見渡しますれば、自己を利すれば他は    損し、他を樹(た)つれば自己倒るといふ有様(やうす)で、人智(じんち)は誤り用ひられて、人類を衰亡(すいぼう)に導きつつあります。

草木は、自己の不要の養分を求めようとして他(た)を害しません。鳥獣も滿腹(まんぷく)すれば他を奪はず。

人は、奪(うば)ふ事を知つて分(わか)つ事と、足(た)る事を知らず。將(まさ)に死に面して、尚(なお)餘財(よざい)の爲(た)めに、肉身(にくしん)の間にすら敵(てき)を作るのみならず、生きんが爲(た)めの財寶(ざいほう)の下敷(したじき)になって亡(ほろ)びて行きます。

これ人道(じんどう)を習(なら)ひし爲(た)め、今は草木鳥獣(そうもく・ちょうじ

ゅう)よりも眞道を去(さ)る事(こと)日々に遠い有様であります。

財寶(ざいほう)は個人の專有(せんゆう)でなく、社會(しゃかい)あつて得られた財寶であって、自己(じこ)獨(ひと)りで財寶を積む事を得ず 社會の爲めに、天下の財寶をより有效(ゆうこう)に活用し得る程度に應(おう)じてのみ、私有する事が許されそこに權利(けんり)があります。否(いな)、權利ではなく、自己の力を與(あた)へられたる~(かみ)に對(たい)しての、義務(ぎむ)があるのであります。

~(かみ)は全能(ぜんのう)なるも權利(けんり)を主張(しゅちょう)致しません。

天下萬物(てんか・ばんぶつ)ありといへども、一物(いちもつ)だに自己專有(じこ・せんゆう)は許(ゆる)されません。

此(こ)の自(みず)から守るべき處(ところ)の、義務を怠る時は、其印(そのしるし)卽座(そくざ)に現はれ心身共に奪(うば)ひ返(か)へれらるゝ時があります。

眞(しん)の義務を超(こ)へたる時に、權利が生じます。其(そ)の時(とき)人間の義務が生じます。權利と義勢(務?)との對立(たいりつ)、之(こ)れが人間の道であります。

~道(眞道)は一途(いっと)にして、その一途は萬有一切(ばんゆう・いっさい)の    軌道(きどう)にして、此の軌道に反する時は、滅亡に向(むか)う第一歩です。  

~(かみ)は一切萬有(いっさい・ばんゆう)を創造しますが、未(いま)だ權利(けんり)を主張致しません。ましてや吾れ吾れ(われわれ)人間が權利を主張し得(う)る處(ところ)は、寸毫(すんごう)もありません。

自己(じこ)を護(まも)るは、權利(けんり)ではなく、與(あた)へられたる~(かみ)に對(たい)しての義務(ぎむ)であります。

~は一切のものを世に與へ、われわれ自(みず)からが、われわれ自身を護る以上に、護り給ひますけれども、却(かえ)つて人は己(おの)れを損(そ)んじがちです。

~は、人が世に生れ出てより終る迄で、一呼吸(いちこきゅう)だに手落ちなく働   (はたら)かれつつあります。又、米麦(べいばく)一粒(ひとつぶ)といへども、~の道(かみのみち)に反して消化する事を許されません。人(ひと)の知らぬ時、豫知(よち)せぬ時でも、~は伴(とも)にありて一切を指導(しどう)しつつあります。

若(も)し、~の力より離れますれば、目あるも見るを得ず、忽(たちま)ち手足は自由を失ふのみか、一人子(ひとりご?)も奪(うば)はれる事がありませう。

親子夫婦といへども、~に背(そむ)き其(そ)の結(むす)び解(と)くる時は、忽(たちま)ち愛情減し(げんじ)、他人にも劣る敵となる。けれども、~のみは、世の始めより世の終り迄で、人と共にあつて、永久人を守つてゐます。~は偉大であります。

畏敬(いけい)すべきは~(かみ)であります。

身一切(みいっさい)を捧(ささ)げる共(とも)、其(そ)の鴻恩(こうおん)に比すれば、一毛(いちもう)の價値(かち)は愚(おろ)か、其の身の一細胞(いちさいぼう)を掾iま)したる程(ほど)にもかけ合(あ)ひません。

似て非なる時に迷(まよ)ひ生(しょう)じ、迷ひは時たち、距離遠ざかるに從ひて、

憂(うれ)ひは益(ま)します。

~(かみ)は全智全能(ぜんち・ぜんのう)なるものでありますから、如何(いか)なる罪深(つみぶか)き者も、救(すく)はれぬ者はありません。

速(すみや)かに目醒(めざ)めて、頭上(ずじょう)に輝(かがや)く靈光(れいこう)を認(みと)め仰(あお)ぎなば、身邊(しんぺん)は無上(むじょう)の樂園(らくえん)となる事(こと)確實(かくじつ)です。 


無 自 覺 の 道 中


右を見ても、左を見ても、澤山(たくさん)居られる人々は、一體(いったい)何を目的に働いてゐるのでありませうか、それは人間でありますから、夫々(それぞれ)、相當(そうとう)の目標に向つて、進んでゐられる事でせうが、萬一(まんいち)其(そ)の目標がなかつたり、間違つてゐる時は、昔噺(むかしばなし)にある樣(よう)な、辻切りに逢(あ)つた首なし飛脚(ひきゃく)が、文箱(ふみばこ/ふばこ)を擔(かつ)いで道中をしてゐるのと少しも變(かわ)りはありません。

今西に向つて行つたかと思ふと、一寸の出来事に突當(つきあた)り、見當(けんとう)に狂ひが生じ、南に向方(むかいかた?)を轉(てん)じ、又、何かに出逢(であ)ふと方向が狂ふといふて、振返(ふりかえ)つて見直しても、元來(もとき)た出所が分らず、尚更(なおさら)、落着き先は一向(いっこう)に見當(みあた)らず、考へ樣(よう)にも頭は飛んでなし、といつて、じつとしてもゐられず、まゝよと進んで行くうちに、とうとう崖(がけ)から踏み外(はず)し底なし沼に落ち込んで、それでも夢中(むちゅう)で感じずといふて、大地に足もつけず、浮び出られもせず、沼の中間で文箱(ふみばこ/ふばこ)を擔(かつ)いだまゝ、同じ處(ところ)で足拍子(あしびょうし)よく、左右の足を互ひ異ひ(たがいちがい)に動かしている樣(さま)は、なんと不憫(ふびん)と云(い)ふべきではありませんか。

扨(さ)て此(こ)の文箱(ふみばこ/ふばこ)の中には、何が這入(はい)つてゐるのでありませう 若(も)しそれを生みの親が見た時は、なかなか笑い事ではありますまい。

一つ皆さん胸に手を當(あ)てゝ、よく御考へ(おかんがえ)を願ひたい。萬一(まんいち)皆さんの知人に一人でも、此の樣な(このような)方(かた)がありましたら、早速お知らせ下さい。動き止(や)まぬうちに沼より引き上げ、取られた首も新品(しんぴん)と取替(とりか)へておもらひ申し、此の人生の旅を互(たがい)に手を曳(ひ)いてまいりませう。

同じ大親から出た同胞(どうほう)なれば、得ようとして得られぬ影法師(かげぼうし)を追ふて、此(この)貴重な人生を空費する暇(ひま)が少しでもありましたら、大親に對(たい)し、御恩返(ごおんが)へしはおろか、思ひ出しもしなかつたお詫びに、是非無い(ぜひない)力ながらも、此の志(こころざし)だけでも通じてもらいたく救助に盡(つく)したいと思ひます。


各 自 の 居 り 場 所


利他主義(りたしゅぎ)は氣(き)の抜(ぬ)けた芥子(からし)の如く、利己主義(りこしゅぎ)は掻(か)ゆきを掻(か)いて、皮肉(ひにく)を破るが如(ごと)し。

人の世渡(よわた)り船は、自(じ)に片(かた)よるも、他(た)に片(かた)よるも轉覆(てんぷく)の恐(おそ)れあり。

完全(かんぜん)なる物質文化(ぶっしつぶんか)は、完全なる拐~文化(せいしんぶんか)の伴(ともな)ひたる時にのみあり。

眞(しん)に徹底(てってい)する時は、自他(じた)、物心(ぶっしん)、共(とも)に一元(いちげん)にして區別(くべつ)なし。

自他物心(じた・ぶっしん)の區別(くべつ)は、一物(いちぶつ)の陰陽(いんよう)の如(ごと)く、陽面より陽の部を、完全に取り盡(つく)したる時、陰面を存(そん)せず、陰面を取り盡(つく)す時も、陽面を殘(のこ)さず。

何(な)にをするにも、此(こ)の境地に達せざれば、完全に行(おこな)はれず。戦爭(せんそう)をするにも、商買(しょうばい)をするにも又すべての渡世(とせい)の上にも、此(こ)の境地に達すれば、萬人共(ばんにんとも)勝利者たる事を得る不思議の法なり。

今日迄(ま)での法は、一方勝てば一方が負け、こちらが儲(もう)かれば相手が損(そん)をする法にて、此(こ)の法に依(よ)るうちは正し(い)道に入る事が出來ず。

一時(いっとき)榮(さか)ゆる事あるも、必ず後日(ごじつ)禍(わざわ)ひを招(まね)くなり。

假令(たと)へば商賣(しょうばい)を初(はじ)めんとすれば、第一(だいいち)自己と世間を見渡し、如何(いか)にすれば、自己はより多く社會(しゃかい)に盡(つく)し得るかを見て後、商賣(しょうばい)を決定するがよし。

而(しか)して、一擧一動(いっきょいちどう)此(こ)の考(かんが)へにて終始(しゅうし)すべし。

新(か)くいへば利他主義の如(ごと)く聞(きこ)ゆれども、實際(ほんとう)により多く社會(しゃかい)に盡(つく)すには、病弱で、無財よりも 強健で祐aiゆうふく)なる方こそ、一層多く世間(せけん)に盡(つく)す事が出來(でき)る。世間を利益するにも、又(また)自己を丈夫(じょうぶ)にせざれば、出來ざる故(ゆえ)中心點(ちゅうしんてん)を誤らざる事(こと)肝要(かんよう)なり。

此(こ)の中心點(ちゅうしんてん)を得て、商賣(しょうばい)をすれば門前(もんぜん)市(いち)をなす盛況(せいきょう)こそ來(きた)るべし。

又(また)戦爭を爲(な)すにも、必ず此(こ)の絶對(ぜったい)の境地に立たざれば、一時(いっとき)勝つ事あるも、より以上の反動が生じ來(きた)るべし。

病氣、其他(そのた)の事(こと)、あらゆる不平不滿等は、すべて此(こ)の中心點(ちゅうしんてん)をいづれかに、片寄(かたよ)つた證據(しょうこ)と知るべし。

此の境地に立てば、競爭(きょうそう)卽座(そくざ)に止(や)み、共に助け、一人より二人、より多くの人の力の和(わ)にて益々結構(けっこう)なる世の中となる。 


隨  感 録 (ずいかんろく)


一、~(かみ)の善(ぜん)は絶對(ぜったい)と、人の善は相對的(そうたいてき) との所に區別(くべつ)あり。


一、~は光明(こうみょう)そのものにして、絶對(ぜったい)なるが故(ゆえ)に、 善の極致(きょくち)にして一切(いっさい)の陰(かげ)を宿さず。


人と雖(いえど)も~に背かざれば、一切(いっさい)の惡(あく)に逢(あ)ふ事なし。


惡は時(とき)と處(ところ)の別なく陽(~)に反する時、立所(たちどころ)に陰(惡)を生(しょう)づ。之(こ)れ一切惡の根元なり。


一、~(かみ)は時空十方(じくう・じっぽう)を照(てら)して餘(あま)す處(ところ)なし。


今(いま)當(まさ)に死(し)せんとする者も、~(かみ)を認(みと)むるを得(え)ば、忽(たちま)ち永久の生命を得る。


~(かみ)に反(はん)せば人(ひと)、生きながら、死(し)に勝(まさ)る憂(うれ)ひあり。


一、各人(かくじん)共(とも)に、他人(たにん)の味(あじわ)ひ知(し)る能 (あた)はざる、世界(せかい)を各自(かくじ)に有(ゆう)す。(苦樂共に)


一、色相(しきそう)は影(かげ)の如く、捉(とら)へんとして一歩進めば一歩退き、永久(えいきゅう)眞實(しんじつ)を得る事(こと)難(かた)し。


一、目醒(めざ)めよ、而(しか)して心眼(しんがん)を開き、實體(じったい)を 見て迷(まよ)ひを去れ。 


人(ひと)は菓子(かし)の味(あじ)を知つて、飯(めし)の味(あじわ)ひに氣付(きづ)かず。


一、月は詩歌(しいか)になり易(やす)けれど、中天(ちゅうてん)の太陽は詠(よ)まれ難(がた)し。


一、親(おや)の滿(み)ちた愛よりも、他人の一言一品の惠(めぐみ)を喜ぶ。


一、親の恩を知るも、無限の~の愛は知られ難(がた)し。


人は萬貫(まんがん)の富(とみ)を願(ねがわ)づして、一片(いっぺん)の 泡沫(ほうまつ)を求めんとして溺(おぼ)る。


一、自己の力(ちから)と等分(とうぶん)以上の財寶(ざいほう)は重荷(おもに)となり禍(わざわ)ひあつて益(えき)少なし。


世(よ)の一切の財寶(ざいほう)よりも、自己完成(じこかんせい)の價値  (かち)は遙(はる)かに貴(とうと)し。


一、世(よ)の財(ざい)を集むる事(こと)は難(かた)きも、自己完成の自由は  何人(なんぴと)にも與(あた)へられたり。


一、世(よ)にある一切(いっさい)の財寶(ざいほう)と雖(いえど)も、眞道に  立脚(りっきゃく)すれば、自己心中(じこしんちゅう)に遣(つく)り出(いで)ぜざるものなし。


子よ親の呼び聲(ごえ)の耳に入りなば、直(ただ)ちに親元に歸(かえ)り來(きた)るべし。其(そ)の聲(こえ)は、愛兒(あいじ)が親のふところに抱(いだ)かれて見る、惡夢より醒(さ)めしめんとて打(う)ち鳴(な)らす、 警鐘(けいしょう)に外(ほか)ならず、親は遠くに非(あ)らず、各自が眞(しん)に自覚(じかく)したる時、~(かみ)のふところに在(あ)る事に氣づけば、其(そ)の時、人は夢(ゆめ)に求めんとして得られざりし物の他に、夢だに思ひ得ざりし、多くの寶(たから)と、而(しか)して、人の求め盡(つく)し得ざる滿足を持つて、抱擁(ほうよう)さるゝ事に氣づかん。これ空言(くうげん)に非(あ)らず。


長壽(ちょうじゅ)を願(ねが)ふ者は、一日(いちじつ)を空(むな)しうする勿(なか)れ。


人には消化し得(え)ざる多くの日々(にちにち)を與(あた)へられたり。


あたへられたる日々(にちにち)を消化し得て後、長壽(ちょうじゅ)を願へ。 然(しか)らば必ず與(あた)へらるゝべし。


一、最後の日の來(きた)りて、一日の貴重なる事に氣付くとも遅(おそ)し。    不断(ふだん)の一日を尊重せよ。


一、眠れる一年よりも、變化(へんか)ある一日が尊(とうと)し。


人(ひと)は病(や)む時を、公休日(こうきゅうび)と思へ。苦痛は自己鍛練 (じこたんれん)の道場とせよ。苦(く)は反發(はんぱつ)の原動力となる。


一、人(ひと)は~(かみ)の借家人(しゃくやにん)にして、~に對(たい)する  義務を果たさざる者の、家は雨(あめ)洩(も)り、根太(ねだ)朽(く)ち、  寒風(かんぷう)骨(ほね)をさす。自己を護(まも)るは權利(けんり)に   非(あら)ず。~(かみ)に對(たい)する義務(ぎむ)なり。


一、數(かず)は一つに始まり全(ぜん)に復す。全は而(しか)して一つなり。


萬物(ばんぶつ)は空(くう)より出(い)でゝ空(くう)に歸(き)す。


一、~(かみ)は最小(さいしょう)にして最大(さいだい)なり。最小は最大一切萬有(さいだい・いっさいばんゆう)に通(つう)づ。


一、人(ひと)は~(かみ)の細胞(さいぼう)にして、其(そ)の生命(せいめい)は、一細胞中(いちさいぼうちゅう)の一少千世界の主星の中心の、最後の最小一點(さいしょう・いってん)に發生(はっせい)す。之(こ)れ空中只(くうちゅうただ)、一點(いってん)の生命に始まる。


一、空中一點(くうちゅう・いってん)の生命(せいめい)は他物(たぶつ)を集合統一(しゅうごう・とういつ)して、一細胞(いちさいぼう)となり一牙ウ(いちせいちゅう)となり個人(こじん)となり、個人の團結(だんけつ)は社會(しゃかい)、國家(こっか)となり、社會、國家は一大統一(いちだい・とういつ)し 全人類(ぜんじんるい)は~格化(しんかくか)せんとする時(とき)は來(きた)れり。


一、集(しゅう)は生(せい)、散(さん)は滅(めつ)、止(し)は空(くう)なり、故(ゆえ)に集道(しゅうどう)に依(よ)り大命(たいめい)に生(いき)よ。 之(こ)れ~(かみ)より出(い)でゝ~(かみ)に歸(かえ)る道(みち)なり。


一、多食(たしょく)して不消化(ふしょうか)するよりも小食(しょうしょく)にても好(よ)く消化(しょうか)なし、血肉(けつにく)となせ。


一、多(おお)く學(まな)んで消化(しょうか)せざれば、胃(い)に溜(たま)り、苦荷(くか)となりて、力(ちから)生(しょう)ぜず。


一、一冊(いっさつ)の本(ほん)は能(よ)く~(かみ)を造(つく)る 十冊(じっさつ)の本(ほん)は聖人(せいじん)を造(つく)り得(う)るも 萬冊(まんさつ)の本(ほん)は多(おお)く凡人(ぼんじん)を造(つく)る、學問(がくもん)は力(ちから)を得(う)る肥料(ひりょう)に過(す)ぎず。


色相(しきそう)を追(お)ふ者は、盗人(ぬすびと)が盗(ぬす)みし錦(にしき)の衣(ころも)を着て法(ほう)を説くを見て、盗人が錦の衣を着るが法なりと知るが如(ごと)し。


一、親が子をヘ育(きょういく)にするは、言(げん)と行(こう)とを以(も)つてせよ。其(そ)の一致(いっち)せざるを見れば、小供(こども)は其(そ)の言行(げんこう)の一致(いっち)せざるを見習(みなら)ふべし。


一、家(いえ)を治(おさ)め國(くに)を治める者は、言(げん)と行(こう)とを  

以(も)つてせよ。言(げん)は語る時のみなるも、行動は常に止(や)みなし。

一、爲政者(いせいしゃ)は、自己の濁(にご)りたるを反省せずして人の上(うえ)に立つ勿(なか)れ。先(ま)づ、己(おの)れを清めて然(しか)る後(のち)に 人(ひと)を治(おさ)めよ。

一、河上(かわかみ)濁(にご)れば其(そ)の下流(かりゅう)の清者(せいじゃ)迄(ま)で濁(にご)る。其(そ)の濁りたる者(もの)を罰(ばっ)する時(とき)は民(たみ)亡(ほろ)び國(くに)危(あやう)し。

一、國(くに)を治(おさめ)んとするには、其(そ)の川上(かわかみ)を清め、治むる時は、法(ほう)簡單(かんたん)にし罪人(ざいにん)少(すくな)し。下(しも)の罪(つみ)は上(かみ)の罪なり。先(ま)づ己(おの)れを裁(さば)きて後(のち)人(ひと)を裁け。


一、社會(しゃかい)は五體(ごたい)にして、人(ひと)は其(そ)の細胞(さいぼう)の如(ごと)し。五體に不要(ふよう)なる細胞は、體外(たいがい)に排出(はいしゅつ)さるゝも健全(けんぜん)なる細胞は、五體と目的を一つにして病事(やむこと)なし。健全なる細胞は互(たがい)に協力して戰(たたか)はず。

一、國家(こっか)と個人(こじん)の利害(りがい)の矛盾(むじゅん)の極(きわみ)は死病(しびょう)なり。健全(けんぜん)なる國家たらんとすれば、先(ま)づ國家と個人の利害の統一を計(はか)れ。

一、個人間(こじんかん)の鬪爭(とうそう)を止(や)め、地上人類(ちじょう・じんるい)團結(だんけつ)して無限(むげん)の天地(てんち)に一大行進(いちだいこうしん)せよ。

一、~程(かみほど)有難(ありがた)きものなく。因果程(いんがほど)恐(おそ)ろ

しきものなし。其(その)~(かみ)の加護(かご)を忘れ、因果の法則を無視し、

尚(なお)かつ存在(そんざい)し得(え)らるゝ、こそ~の恵(かみのめぐみ)の賜(たまもの)の外(ほか)の何(なに)ものにも非(あ)らず。


一、明日(あす)を知(し)らぬ身(み)を以(も)つて、將來(しょうらい)の果(か)を目的(もくてき)に働(はたら)くこと勿(なか)れ。

一、今日(きょう)あるを忘れて、果(か)を得(え)んとして今日一日(きょういちにち)をゆるがせにする勿(なか)れ。

一、人(ひと)の世(よ)に出(いで)てより今日(こんにち)まで、一呼吸(いちこきゅう)だに手落(てお)ちなく守(まも)り呉(く)れたる、~(かみ)の報恩(ほうおん)に、今日一日(きょういちにち)良心(りょうしん)の命(めい)に従(したが)へ。良心(りょうしん)は~(かみ)の使者(ししゃ)なり。

一、眞(しん)の大成(たいせい)を得るは、足許(あしもと)より善處(ぜんしょ)する外(ほか)に道(みち)なし。

一、人(ひと)は終生(しゅうせい)~(かみ)に報(ほう)ずるとも、自己(じこ)の一細胞(いちさいぼう)を造(つく)りし程(ほど)にも及(およ)ばず。

一、いかに孤立(こりつ)になるとも、忘(わす)れて~(かみ)に背(そむ)かざれ、孤立なりと思ふ心の動きは、~の力の現(あらわ)れと知(し)れ。最後には~より外(ほか)に味方(みかた)なし。背(そむ)くとも~は其(そ)の身(み)を護(まも)るなり。道行(みちゆ)く人(ひと)を如何(いか)で落(おと)さん。 細胞(さいぼう)の一つ一つは知(死?)ねれども、道(みち)さへ行(ゆ)けば、~(かみ)が結(むす)んでて人(ひと)となる。人(ひと)も亦(また)~の道(かみのみち)を歩(あゆ)みなば、此(こ)の世そのまゝ極樂(ごくらく)となる。求(もと)めずとも與(あた)へらるゝは親(おや)と知(し)れ。恩(おん)を返(か)へすは子(こ)の務(つと)め。恩を知らずば~(かみ)見へず  暗(やみ)に彷徨(さまよ)ふ捨小舟(すてこぶね)、捨(す)てられた舟(ふね)も~(かみ)の情(なさけ)で浮(うか)ぶなり。身を舟に心の梶(かじ)を誤(あやま)るな。浮世(うきよ)の波(なみ)に止(や)む間(ま)なければ。進(すす)めど戻(もど)る人の道(ひとのみち)、進んで戻らぬ~の道(かみのみち)、易(やす)くして近(ちか)きは直(なお)き道、曲(まが)らば遠(とお)くて迷(まよ)ひ暗(やみ)となる。強敵(きょうてき)は心の中の惡魔(あくま)なり。惡魔の旗(はた)は「離(り)」の印(しるし)。~の旗は和(わ)の印(しるし)。心の迷(まよ)ひ去る時(とき)は、自己(じこ)と~(かみ)とが和合(わごう)して、家内(かない)が和(わ)して調和(ちょうわ)せば、~(かみ)が加護する~の國(かみのくに)  世界(せかい)の人(ひと)が皆(みな)和(わ)せば、~(かみ)の御體(ごたい)の細胞(さいぼう)となる。


一、種(たね)撒(ま)きは花咲かせ實(み)を得(え)んが爲(た)めである。~ (かみ)は人(ひと)を鬪爭(とうそう)のみの爲(た)めに造らず。平和の花咲かせ、世(よ)を一大~格化(いちだいしんかくか)せんが爲(た)めである。而(しか)して花のみにて咲く花はなし。


一、人(ひと)は此(こ)の世(よ)に來る時、如何(いか)なる荷物(にもつ)を  與(あた)へられしや。


~(かみ)に従(したが)ふ者は、無一物(むいちぶつ)にても健在(けんざい)す。~(かみ)の許(ゆるし)なくば百萬(ひゃくまん)の富(とみ)を積(つ)むも餓死(がし)すべし。


一、人は常に肉(にく)を切つて、黄金(おうごん)を積(つ)まんとす。


一、~(かみ)を忘れし今の人は、黄金(おうごん)の下敷(したじき)となり、知慧(ちえ)の枷(かせ)に縛(しば)られ、全く心身の自由を失(うしな)へり。


一、人(ひと)は天(てん)を飛(と)び、地(ち)をくゞり得(う)るとも、安住(あんじゅう)の地(ち)なし。無知(むち)の幼兒(ようじ)にも劣(おと)る。  此(こ)の知(ち)を捨(す)て眞(しん)の自己(じこ)に歸(か)へれ。安住(あんじゅう)の地(ち)は目前(もくぜん)に開(ひら)かる。


人(ひと)よ自己(じこ)小我(しょうが)の力(ちから)を出す勿(なか)れ。~(かみ)は自己勝手(じこかって)を振舞(ふるま)ふ力(ちから)を與(あた)へられざるが故(ゆえ)に ―― 自己(じこ)の力(ちから)有(あ)りと  思(おも)へる迷(まよ)ひを去(さ)つて、~(かみ)に從(したが)へ、最高(さいこう)の力(ちから)を與(あた)へられん。


一、世界(せかい)十幾億(じゅういくおく)の全人類(ぜんじんるい)は、其(そ)の進(すす)むべき方向(ほうこう)を失(うしな)ひ、そは自己を過信(かしん)して眞理(しんり)に遠ざかりし故(ゆえ)なり。科學(かがく)は人類の知識(ちしき)深度(しんど)にして、眞理(しんり)の極致(きょくち)に非(あ)らず、 眞理(しんり)は絶對(ぜったい)にし(て)、人知(じんち)を以(も)つて註釋(ちゅうしゃく)を入(い)るゝ餘地(よち)なし。


各國(かっこく)、各自(かくじ)に異(ことな)りたると雖(い)へども、一致(いっち)せざる途(みち)は眞理(しんり)に非(あ)らず。其(そ)の異(ことな)りたる處(ところ)に各特長あり。

此(こ)の、現世(げんせ)人類(じんるい)の一大航路(いちだいこうろ)を發見(はっけん)せんには、心眼(しんがん)を開(ひら)き、~(かみ)の示(しめ)す永遠の燈明(とうみょう)に向(むか)つて、猛進(もうしん)の外(ほか)には絶對(ぜったい)に安住(あんじゅう)の彼岸(ひがん)なし。


一、汝(なんじ)は死(し)すべし  然(しか)れども、~(かみ)より與(あた)へられたる生命(せいめい)は死(し)せず、原子(げんし)の幾十萬分(いくじゅうまんぶん)の一(いち)の中に封(ふう)じたる生命は、汝の祖先より汝の子孫に至(いた)る迄(ま)で死せず。~(かみ)は最も小さきものに最も強(つよ)き生命を與(あた)へたり。如何(いか)なる種子(しゅし)も皆(みな)朽(く)ち果(は)つべし  然(しか)れども其(そ)の中に唯(ただ)一つ、朽(く)ちざる生命にして永遠(えいえん)に不思議(ふしぎ)の種(たね)あり。


其(そ)の種(たね)は永遠の果(か)にして、今日(こんにち)生(しょう)ぜしにあらず、種子(しゅし)の種子たる生命は、眞理(しんり)の中に深く根(ね)ざしたる處(ところ)にのみ永久(えいきゅう)の生命(せいめい)あり。

生滅(しょうめつ)は自然(しぜん)の理法(りほう)なるも、眞理(しんり)に生(い)くる者(もの)には死滅(しめつ)なし。


一、人(ひと)の是認(ぜにん)するも、眞(しん)に自己認識(じこにんしき)なき者(もの)は常(つね)に罪悪(ざいあく)を積(つ)む。


一、父母(ふぼ)は人(ひと)なり。汝(なんじ)を産(う)めど汝を置(お)き去(さ)る時(とき)來(きた)る。~(かみ)は~(かみ)なるが故(ゆえ)に、 絶對愛(ぜったいあい)にして汝を置き去る事なし。然(しか)れども汝(なんじ)自己(じこ)を置き去る事(こと)あるべし。


食(しょく)せずして味(あじ)を説(と)く勿(なか)れ。體驗(たいけん)せずしてヘ(おし)ふる時は、似而非(にてひ)なるが故(ゆえ)に、迷(まよ)ひとなり禍(わざわい)と罪(つみ)を生(しょう)ず。全(まった)く異(こと)なる時(とき)は人(ひと)迷(まよ)はず。


一、未(いま)だ通らざる途(みち)をヘ(おし)へるには、未だ通らざる事(こと)を先にヘ(おし)へよ。九人達(たっ)する共(と)も一人禍(わざわ)ひあらば、 ヘ(おし)へざるに勝(まさ)る罪(つみ)あり。


一、各自(かくじ)に良心(りょうしん)あり。誤指(ごし)さるよりは遙(はる)かに易(やす)き道(みち)を各自(かくじ)に見出(みいだ)し得(う)る。


一、眞(しん)に知(し)る者(もの)のヘ(おしえ)る時(とき)は、千里(せんり)の道(みち)も一歩にて到(たっ)するに難(かた)からず。


一、墨(すみ)の中に居(い)て墨を知らず。人(ひと)の體内(たいない)に居て人を知る事を得(え)ず。腹中の蟲(むし)全身を呑(の)み難(がた)し。眞(しん)の自己(じこ)を知るは、自己を離(はな)れたる時(とき)に得(え)らる。


自己(じこ)に靈(れい)あるも未(いま)だ見(み)しものなきが如(ごと)く、宇宙本體(うちゅうほんたい)に大神靈(だいしんれい)あるも捉(とら)へ見るを得(え)ず、唯(ただ)靈(れい)は靈(れい)によつてのみ知(し)る。自己に自己あるは、宇宙本體(うちゅうほんたい)に神靈(しんれい)ある確證(かくしょう)なり。


~(かみ)の敵(てき)は自己(じこ)心中(しんちゅう)の惡魔(あくま)のみ、~(かみ)に組(くみ)して汝(なんじ)心中(しんちゅう)の惡魔(あくま)と戰(たたか)へ、然(しか)る時(とき)~の子(かみのこ)として最大の勝利者たる事を得る。


一、惡魔(あくま)を征伏(せいふく)するは、~(かみ)と~に從(したが)ふ眞人(しんじん)のみに得(え)らる。人は~の子にして、~は人の味方(みかた)なり。~は人を惡魔の手より救(すく)はんとして汝(なんじ)と戰(たたか)はん。


一大靈軍(いちだいれいぐん)の許(もと)に團結(だんけつ)せよ、此(こ)の外(ほか)に優勝者(ゆうしょうしゃ)たる途(みち)なし。此(こ)の一大~軍(いちだいしんぐん)には敵中(てきちゅう)に味方(みかた)現(あらわ)れ 反(はん)する者(もの)は味方(みかた)の中に敵(てき)現(あら)はる。

~軍(しんぐん)に敵はなし。~軍に反する者の銃口(じゅうこう)は己(おのれ)に向(むか)ふ。危(あやう)し危し。 


一大勇猛心(いちだいゆうもうしん)を以(も)つて~軍(しんぐん)に参加(さんか)せんか、忽(たちま)ち萬人(ばんにん)彼(か)れの味方(みかた)となる。況(いわ)んや一國(いっこく)團結(だんけつ)して艶i(しょうじん)なさんか、忽(たちま)ち暗雲(あんうん)去つて、光明無上(こうみょう・むじょう)の理想社會(りそうしゃかい)は足下(そっか)に展開(てんかい)せん。


一、~(かみ)も亦(また)怒(いか)りもし笑(わら)ひもし泣(な)きもす、   去(さ)りながら、人と~とに區別(くべつ)あり、~の怒りは生かす爲(た)め、人の怒りは身を殺す。~に從(したが)へ~の子となれ、不死の世界はそこにある。

一、世界非常時(せかいひじょうじ)とは、~(かみ)と惡魔(あくま)の戰(たたか)ひなり。而(しか)して惡魔は人(ひと)の力強き事を望む。人の力を利用して常に人を征服(せいふく)し得(う)るが故(ゆえ)に。


一、今(いま)や天下に一大動搖(いちだいどうよう)の起(おこ)らんとする氣配(けはい)歴然(れきぜん)たり。醒(さ)むべし、醒むべし。醒(さ)めて此(こ)の最大最高の難關(なんかん)を突破(とっぱ)せざるべからず。人類(じんるい)互(たがい)に相反目(あいはんもく)して爭(あらそ)ふ時(とき)に非(あ)らず。來(き)たりて一丸(いちがん)となれ。然(しか)らざれば滅亡(めつぼう)の時期(じき)目前(もくぜん)に迫(せま)り來(きた)る。此(こ)の一大逆風(いちだいぎゃくふう)は~(かみ)に背(そむ)きし神罰(しんばつ)による大嵐(おおあらし)なり。

一、小人(しょうにん)は常(つね)に一日(いちじつ)の収入の爲(た)めに身を危地(きち)にをいて平然(へいぜん)として居(い)るが、天下國家(てんかこっか)の爲(ため)には恐れをなして色(いろ)を失(うしな)ふ。
  

一、大人(たいじん)は小事(しょうじ)の爲(ため)には身を危地(きち)に置くを 恐れど 天下國家(てんかこっか)の爲(た)めに身を捨(す)て靈(れい)に生(いき)る事を樂(たのし)む(それは時空を超越せる超世界あるを知るが故に)

一、悟道(ごどう)とは白刀を磨澄(みがきすま)したる刃先(はさき)よりも尚(な)ほ薄事(うすきこと)百千萬分、右より悟りの道に上(のぼ)つたと思ひし時は左に落ちたしるしなり。


一、眞(しん)の大悟(たいご)したる者(もの)に大悟(たいご)なし 左、も右もなく上(のぼ)りもせねば落(おち)もせず 只々(ただただ)自覺(じかく)して一念(いちねん)を以(も)つて通(とお)る道中(どうちゅう)を云(い)ふ。

一、~(かみ)は依(よ)り大(おおい)なる事(こと)に一生をさゝげる者(もの)に大(おおい)なる生命(せいめい)を與(あた)へらる。

一、一切萬物(いっさいばんぶつ)に決定的善惡(けっていてきぜんあく)はなし、只(ただ)用法(ようほう)に依(よ)つて始めて善惡(ぜんあく)生(しょう)ず、一切の物(もの)を善用(ぜんよう)する處(ところ)に~(かみ)の道あり 併(しか)して、人の歩む可(べ)き誠(まこと)の道がそこにある。

一、人(ひと)は常に來(きた)りて常に去(さ)り留守(るす)がちなり、~(かみ)は人の生(うま)れざる前より死後に至るも人と離れず、故(ゆえ)に~は人の生命にして、~を離(はなれ)て人の生命のある事なし、萬物一切(ばんぶついっさい)~(かみ)に從(したが)ふ處(ところ)にのみ全(まった)き者(もの)あり。

一、世(よ)は變化(へんか)限りなし、故(ゆえ)、に色相(しきそう)に迷(まよ)ふなかれ 汝(なんじ)は汝の立可(たつべ)きところにのみ汝(なんじ)最高の道あり。


一、他(た)を奪(うば)ふなかれ 他は汝(なんじ)の母體(ぼたい)にして他と汝の結合(けつごう)は明日の汝を造る 他を一部(いちぶ)破壞(はかい)する時は 自己(じこ)の細胞(さいぼう)の破壞(はかい)なり。

一、直線(ちょくせん)は ~の道(かみのみち)にして 人の通る誠の道(まことのみち)なり、曲線(きょくせん)は 人のみ通る道にして 勞(ろう)して功(こう) 少(すく)なし。


競爭(きょうそう)は人(ひと)を惡化(あっか)す ~(かみ)に競爭なく協力 一致(きょうりょくいっち)あるのみ、眞(しん)の優勝者は世間(せけん)と 調和(ちょうわ)する處(ところ)にのみあり。

一、一人(ひとり)は一人なるも 二は三を生(しょう)ず、云(い)わんや、萬人(ばんにん)は萬人で止(とどま)る事なし、なんぞ戰(たたか)つて自滅(じめつ)を望(のぞ)まんや、亡(ほろ)ぼす事(こと)は亡ぼさるゝ種蒔(たねまき)なり     奪(うば)ふな  與(あた)へよ 實(みの)らん。

一、權利(けんり)は人の世渡(よわた)り道中(どうちゅう)の重き荷物(にもつ)にして 義務(ぎむ)の履行(りこう)は借金の支拂(しはらい)の如(ごと)し、 義務を履行(りこう)する時は 身(み)輕(かる)く 眞(しん)の自由(じゆう)を得(え)らる。

一、人(ひと)の現在(げんざい)は過去(かこ)に於(お)ける行動(こうどう)の 集積結晶(しゅうせき・けっしょう)なり、故(ゆえ)に堅固(けんご)なる信念 (しんねん)を基礎(きそ)とし、用材(ようざい)を選擇(せんたく)して自己を建設せよ 暴風(ぼうふう)の來(きた)るに 時(とき)と道(みち)なし。

一、~(かみ)に對(たい)して人(ひと)は少しの蔭事(かくしごと)もなすを得ず 一擧手一投足(いっきょしゅ・いっとうそく)は次の自己建設の用材(ようざい)と なる、用材を選擇(せんたく)せざれば其(そ)の身(み)危(あやう)し。

一、人(ひと)の一擧手一投足(いっきょしゅ・いっとうそく)は永遠(えいえん)の 果(か)を生(しょう)ず 一毛(いちもう)一細胞(いちさいぼう)にも世(よ)の始(はじ)めより一切(いっさい)の行果(こうか?)現(あらわ)る 恐(おそ)る可(べ)し。


一、子(こ)の親(おや)に似(に)るを見(み)て 一牙ウ(いちせいちゅう)にまで 

因果(いんが)の刻印(こくいん)あるを物語(ものがた)つて餘(あま)りあり。


一、~(かみ)は公平(こうへい)にして 最大より最少に至(いた)るまで違算      

(いさん)ある事(こと)なし(顔形(かおかたち)聲色(こわいろ)に至るまで)


一、~(かみ)に(一大靈光(いちだいれいこう))逢(あわ)ざる前に 姿(すがた)   

  整(ととの)へよ 而(しか)らざれば光(ひか)り出(いで)て己(おのれ)の姿(すがた)醜(みにく)きに恥(は)じて 永久(えいきゅう)に暗(やみ)より出(いづ)るを得(え)ず。


一、~(かみ)の曳(ひ)く大地(だいち)に住(す)む人(ひと)の評定(ひょうてい  

/ひょうじょう)は 人(ひと)の曳(ひ)く荷車(にぐるま)の上(うえ)で 蟻(あり)が方角(ほうがく)の抗(くい)を打(う)てるが如(ごと)し。 


今 の 世 の 姿


諸君(しょくん)、世の中も大分(だいぶん)混亂(こんらん)して參(まい)りました。此(こ)の先(さ)きに來るものは、如何(いか)なるものでありませうか。

先(ま)づ上から眺(ながめ)ますと、各國(かっこく)の軍備の擴張(かくちょう)ですネ。かうもお互(たがい)の國(くに)が、競爭(きょうそう)で殺人器を製造して、それで人が安心できませうか。皆(み)なが生きんが爲(た)めに、人殺しの器具を造るとは、實(じつ)に不思議(ふしぎ)でなりませぬ。

それから内を見ますと、丁度(ちょうど)親父(おやじ)の品は高いから、息子は他人の品を買(こ)ふて、喜んでゐるといふ有樣(ありさま)で、それで家の經済(けいざい)がどうなるのでせうか。

又(また)、折角(せっかく)人間の爲(た)めに發明(はつめい)した、機械の爲(た)めに、多くの人が次々と失業して行く。

仕舞(しまい)には、人間を此(こ)の世(よ)からへらして、全地上に優秀(ゆうしゅう)な機械を据(す)へつけて、飯(めし)も喰(く)はずに活(い)きる薬を發明(はつめい)して、働かず、食(く)はず、飲まずに行ける所(ところ)迄(ま)で進めねば、今の人間は、現代の競爭(きょうそう)は止(と)められぬらしいです。

歩いて間(ま)に合(あ)はないで、自轉車(じてんしゃ)で間に合(あわ)ず、汽車で間に合はないで、飛行機で間に合はないでとうとう仕舞(しまい)には、生(うま)れるとすぐ死ななければ間に合はなくなるのではないかと思(おも)ひます。

それにお金(かね)ですネ。お金は大變(たいへん)結構(けっこう)なものではありますが、それは思(おも)ふ物が得(え)られるからであつて、萬一(まんいち)思(おも)ふ物が得られなければ、却(かえ)つて無用(むよう)の邪魔物(じゃまもの)となるばかりでなく、今は其(そ)の金を、眞(しん)に有效(ゆうこう)に使ふ事を知らず、罪(つみ)を犯(おか)して迄(ま)で、金を溜(た)める者が日掾iひま)して掾iふ)へて參(まい)りました。

これがまだまだ生存競爭(せいぞんきょうそう)が激(はげ)しくなりますと、飯(めし)を食ふ暇(ひま)もなく、金袋(かねぶくろ)を背負(せお)ふて、一生(いっしょう)走らにや(はしらにゃ)ならなくなりそうです。

此(こ)の儘(まま)で進むものなら、遠(とお)からず、白晝(はくちゅう)人間の皮(かわ)で面なし、枝の生(は)えた角(つの)に白い牙(きば)をむき出し、赤い口から火の樣(よう)な舌(した)を、人肉に差込(さしこ)み、生血(いきち)を吸う者が、至る處(いたるところ)に横行(おうこう)する時(とき)が來(き)はしないかと安(あん)ぜられます。

今の世の人に、それ程(ほど)惡人(あくにん)は見受(みう)けられませんが、萬一(まんいち)惡(わる)い人があつて、それが人を裁(さば)いたり、人の脈(みゃく)を取らうものなら、覆面(ふくめん)の鬼と化(か)しはせぬか。若(も)しふく面の鬼が黄金(おうごん)を得(う)る爲(た)めに脈をとらうものなら、病(やまい)を癒(いや)す事よりも、如何(いか)にして、黄金をより多く、しぼり取らうかと、工夫(くふう)しだすでせう。其(そ)の時のメスは生命(せいめい)のきはを流れて居る  血管(けっかん)の中より黄金(おうごん)を白晝(はくちゅう)ゑり出してあるのです。若(も)しそういふ樣(よう)な時が來たら、皆、人間の皮をかむつてゐますから、鬼と人間の見別(みわ)けがつかず、安心して見てもらつて居るうちに、骨と皮とになり氣付(きづ)いた時は、財布も空(から)になり命のも九分九厘(くぶくりん)切れ、地獄(じごく)に陥(おちい)る外(ほか)すべがなくなります。

其(そ)の惡鬼(あくき)は大軍をひきいて、垣根(かきね)の際(きわ)迄(ま)で押し寄せて來(き)ました。もうぐずぐずしてゐると皆さんの御體(おからだ)の中迄(なかま)で、食入(くいい)つて來(き)そうです。そふなつては大變(たいへん)です。萬一(まんいち)そうなると、

惡魔(あくま)を追ひ出すには、自分をも垣根外(かきねがい)に締(し)め出さねばならなくなります。そうなつては全(まった)くおしまひです。垣根の外に居る間は防(ふせ)ぎ易(やす)いが、各自(かくじ)の心中に這入(はい)り込(こま)れては、命懸(いのちが)けの療法を加へぬと、魔病(まびょう)の退治(たいじ)は出來(でき)にくゝなります。

惡魔(あくま)は大勢(おおぜい)です。一人(ひとり)の力(ちから)では決して 防(ふせ)げません。協力一致(きょうりょく・いっち)、大魔軍(だいまぐん)と、 戰(たたか)はふではありませんか。

それには、利己的(りこてき)な考(かんが)へを捨(す)て眞道に立ち歸(か)へるより外(ほか)に絶對(ぜったい)他(た)に良法(りょうほう)はありません。

人間の考へはきつと、利己的になります。他人(たにん)を縛(しば)るべく造つた繩(なわ)は、却(かえ)つて自分(じぶん)が縛(しば)られる事(こと)になります。

 

眞 の 自 己 の 動 き


世(よ)の一切(いっさい)は決して、過去(かこ)の人々(ひとびと)が考(かんが)へてゐる樣(よう)な、確定的(かくていてき)なものではなく、又(また)同一物(どういつぶつ)が二つは有り得ない(ありえない)のであります。同一(どういつ)でも昨日(さくじつ)と今日では大いに異(ことな)つて居(お)ります。

隣(とな)りの太郎さんは、昨日の太郎さんに少しも變(かわ)りはない樣(よう)ですが、よく調べて見ると、大變(たいへん)な變(かわ)りがあるので、今日生(うま)れた赤ん坊が、六十年後には白髪(はくはつ)の老人と變(かわ)る、その、一日だけの變(かわ)りは必(かなら)ずあるので、百年の間には、牙ウ(せいちゅう)より胎兒(たいじ)となり、生(うま)れ出て成人し、やがて白髪(はくはつ)より墓穴(ぼけつ)の土(つち)となるまで、一日として一刻(いっこく)として變化(へんか)せずには居(お)りません。

變化(へんか)限(かぎ)りなき此(こ)の世(よ)を、變化なきものと、誤認(ごにん)する處(ところ)に、一切の迷(まよ)ひが生(しょう)じるのであります。

然(しか)らば、迷(まよい)はない正しい途(みち)は何處(どこ)にあるのでせうか。それは、變化(へんか)の一大法則により萬事(ばんじ)を遂行(すいこう)する外(ほか)に正しき途(みち)は、絶對(ぜったい)に存(そん)しないのであります。

波浪(はろう)に對(たい)する水平線の如(ごと)く、一切萬有(いっさい・ばんゆう)を一貫(いっかん)して、此(こ)の一點(いってん)より萬方(ばんぽう)に進展し、又(また)此(こ)の最終一點(さいしゅう・いってん)に萬有(ばんゆう)を歸着(きちゃく)せしむる處(ところ)の、その不變(ふへん)の一點(いってん)に立脚(りっきゃく)する處(ところ)にのみ、迷(まよ)はざる眞(しん)の居(お)り場所(ばしょ)があるのであります。

此處(ここ)に初めて、永劫不滅(えいごうふめつ)の一大生命(いちだいせいめい)があり、自他超越(じたちょうえつ)せる大我(たいが)に生(い)くる道(みち)があるのであります。

萬有進展(ばんゆうしんてん)は歸一(きいつ)の初(はじ)めであり、分解は綜合の元(もと)です。萬物(ばんぶつ)は最初の最少一點(さいしょういってん)に出發(しゅっぱつ)なし、進展分離(しんてんぶんり)して、現(あら)はれた萬有は、又同時に綜合統一して、最後の一點に歸納(きのう)しつつあります。

此(こ)の法則(ほうそく)の許(もと)に、萬物は一瞬にして展開歸納(てんかい・きのう)しつつあります。

今や人類は其(そ)の、一大轉換期(いちだいてんかんき)に直面して千歳(千載)一遇(せんざい・いちぐう)の時に逢著(おうちゃく/ほうちゃく)しました。

人類も、細胞(さいぼう)より生蟲(せいちゅう)、生蟲より個人(こじん)、個人より社會(しゃかい)、最後には綜合統一せる、自他超越(じたちょうえつ)の大我(たいが)の域(いき)に進まんとして、一大轉換期(いちだいてんかんき)に直面して居(い)るのであります。

此(こ)の自然の法則たる、變化(へんか)に順應(じゅんおう)せざる時は、滅亡(めつぼう)あるのみです。一生物を内觀(ないかん)すれば、無數(むすう)の細胞が綜合統一して、各一細胞の小觀(しょうかん)を離れて、自然の一大法則の元に運行する處(ところ)に一小生命が生み出されてゐるのであります。

今や、地上の人類は個人を超越せる一大生命に生(うま)れ出(い)でんとして居(い)るのであります、これが最後の最大なる綜合統一の時です。こゝに至(いた)つて始(はじ)めて自己の爲(ため)は社會の爲(た)め、個人の爲めは國家の爲(ため)となり、差別の中に眞の平等があり、萬人共(ばんにんとも)に一體(いったい)となり各自(かくじ)~(かみ)の御體(ごたい)の細胞の如(ごと)く、個人は社會の一細胞となって動(うご)く時に始(はじめ)て今の世(よ)の矛盾(むじゅん)は解消(かいしょう)出來(でき)るのであります、かくして原子(げんし)より細胞(さいぼう)、細胞より牙ウ(せいちゅう)、牙ウより胎子(たいし)、胎子より個人、個人は社會の一細胞となつてこゝに一大~格(いちだいしんかく)が生(うま)れ出(で)んとして居(い)るのが 今の吾れ吾れ(われわれ)の姿(すがた)であります。

 




世 の 爭(あらそい) の 姿


近頃(ちかごろ)は到る處(いたるところ)に爭(あらそい)が起(お)きて來(き)ました、大別(たいべつ)しますと物質文化と艶S文化(せいしんぶんか)、資本家と無資産者(むしさんしゃ)(階級)の爭(あらそ)ひ、國は國との爭ひ、同業者同士の爭、親子は新舊思想(しんきゅうしそう)の爭、自己心中(じこしんちゅう)には進退二派(しんたいには)の爭ひの、大は國家(こっか)より小は自己心中(じこしんちゅう)に至(いた)るまで爭ひの無(な)い所(ところ)はありません。

此(こ)の爭(あらそ)ひの罪(つみ)は決して相手方(あいてかた)のみにあるのでなく 其(そ)の大部分(だいぶぶん)は 自己心中(じこしんちゅう)に發生(はっせい)して居(お)ります。萬一(まんいち)有産者階級(ゆうさんしゃかいきゅう)を惡(わる)く思(おも)ふ者(もの)があるとしますと「事實(じじつ)に於(おい)て惡人(あくにん)もありますが其(そ)の惡人の數(かず)は無産者中(むさんしゃちゅう)の惡人と正比例(せいひれい)します」

其(そ)の者(もの)が幸(さいわい)にして百萬(ひゃくまん)の富(とみ)を得たとしたならば、其の時(とき)心境(しんきょう)に變化(へんか)を來(き)たしはせぬでせうか、萬一(まんいち)、一般有産者階級(いっぱんゆうさんしゃかいきゅう)と同じ心理狀態(しんりじょうたい)になるとしたなれば、有産者(ゆうさんしゃ)其(そ)の者(もの)に罪(つみ)があるのでなく、もつと深(ふか)い所に根差(ねざ)して居(い)るのではありますまいか、そうであるとしますと階級(かいきゅう)の上下(じょうげ)に向(むか)つて流れ出て居る惡(あく)の源(みなもと)を斷(たた)ねば駄目(だめ)であります、其(そ)の惡(あく)の種(たね)は上下の別なく日掾iひま)しに成長してきます、又(また)有産者も富の價値(かち)の何處(どこ)にあるか眞(しん)に自覺(じかく)せぬ時は其の財(ざい)の下敷(したじき)となつて禍(わざわ)ひの淵(ふち)に沈み行く者(もの)もあり、又(また)巨萬(きょまん)の富(とみ)を集め尚(なお)飽(あ)く事(こと)なく、社會組織(しゃかいそしき)の不合理(ふごうり)を惡用(あくよう)なし取返(とりかえ)しのつかぬ犯罪者となり鐡窓(てっそう)の中に呻吟(しんぎん)する者が益々掾iふえ)て參(まい)ります。それ故(ゆえ)社會現象(しゃかいげんしょう)を皮相(ひそう)のみで觀察(かんさつ)なし輕率(けいそつ)に事(こと)を計(はか)れば人類は滅亡に向(むか)ふ外(ほか)ありません。

此處(ここ)に二人の旅人があつて、道中で出逢(でお)ふた、正直な一人の話を聞いて居(お)りますと、此(こ)の先に險阻(けんそ)な山路(やまみち/やまじ)の中程(なかほど)で年老いた旅人が永旅(ながたび)に寄せ集めた財寶(ざいほう)を持ち行倒(ゆきだお)れて居(い)る事(こと)を聞き、二人は心中(しんちゅう)小躍(こおど)りして、互(たがい)に心の内を祕(ひ)しつゝ出發(しゅっぱつ)したが何分(なにぶん)一人が非常に足達者(あしだっしゃ)でどうしても追ひ越す事が出來(でき)ず遂(つい)に現場に來(き)て見た處(ところ)が老人は事切(ことき)れて寶物(たからもの)は何一物(なにいちぶつ)も殘(のこ)されて無(な)いので後の旅人は殘念(ざんねん)がり早速(さっそく)其(そ)の事を村人に訴(うった)へて大勢(おおぜい)して追ひかけましたが何分(なにぶん)先の男は非常な大力で一人同士では、とても及ぶところではなかつたが村人(むらびと)の應援(おうえん)を得て遂(つい)に大喧嘩(おおげんか)となり、お互(たがい)の身(み)は血塗(ちぬ)れとなり 耳(みみ)は缺(か)け鼻は歪(ゆが)み手足の自由(じゆう)さえ思ふ樣(よう)にならなくなり、気附(きづ)いた時は折角(せっかく)目的にして居(お)つた財寶(ざいほう)は大部分(だいぶぶん)は踏(ふ)み躙(にじ)られ、多少ましな物は何人(なにびと/なんぴと)ともなく持ち去られてしまいました。

其處(そこ)へ一人の婦人(ふじん)が我が夫と息子二人の歸(かえ)りの遲(おそ)いのを案(あん)じ村堺(むらざかい)まで來(き)て此(こ)の噂(うわさ)を聞き、駈(かけ)つけてよくよく見ると二人の旅人(たびびと)は紛(まご)ふ方(かた)なき我が子であつた。それはまだ二人が幼少(ようしょう)の頃(ころ)父に連れられて遠國(えんごく)に旅立つたが 一人は智(ち)の修業 一人は肉(にく)の修業の爲、兄弟を離れ離れ(はなればなれ)の處(ところ)に置き 歸(かえ)る時刻(じこく)のみ言ひ聞かせて自分は、それより當て所(あてど)もなく旅に出てしまつたが、可愛(かわいい)我が子や家に居る女房を喜ばさんと永年苦勞(ながねんくろう)して集めた財寶(ざいほう)を持つて我が子等の歸(かえ)る一足(ひとあし)先きに出發、途中あの險阻(けんそ)な山路(やまみち/やまじ)に差(さし)かゝつて遂(つい)に命(いのち)を絶(た)つてしまつたのであります、其(そ)の事(こと)を聞かされた二人は全く驚(おどろ)き悲(かなし)む外(ほか)ありませんでした、あの老人(ろうじん)に逢(あ)つた時、兄の智慧(ちえ)の力と弟の肉(にく)の力で介抱(かいほう)すれば充分(じゅうぶん)に蘇生(そせい)出來(でき)三人連れ立(つれだ)つて母の元(もと)に歸(かえ)り四人打ち揃(うちそろ)へば奪(うば)ひあつた財寶(ざいほう)に數倍勝(すうばいまさ)る喜びがあるものを、知らぬ事とは言ひながら、財寶(ざいほう)慾(ほ)しさに助かる老人も見殺(みごろし)に、そして死を待(ま)ち兼(か)ねて持ち去つた財寶(ざいほう)の爲(ため)に遂(つい)に兄弟共(きょうだいとも)に見る影も無き姿となつて永年苦勞(ながねんくろう)して集められた財寶(ざいほう)は 互(たがい)に奪(うば)はずとも與(あた)へられるものを奪合(うばいあ)ひした故(ゆえ)寸前(すんぜん)にして遂(つい)に一切(いっさい)の喜びを破壞(はかい)し、身(み)は淺(あさ)ましい姿と變(かわ)つてしまひました。而(しか)し 母(はは)は何人(なにびと/なんぴと)をも憎(にく)む事が出來(でき)ぬのみか  留守中に歸(かえ)り來(きた)る、夫(おっと)や子等(こら)を喜ばさんと谷々山々(たにたに・やまやま)と探(さが)し尋(たず)ねる其(そ)の内(うち)に世(よ)の始(はじめ)より藏(かく)されてある、寶(たから)の山を見出(みいだ)してありました。母は早速(さっそく)其處(そこ)へ兄弟を導き 不思議の三つの鍵(かぎ)を取り出し、智の鍵を兄に 肉の鍵を弟に 母は愛の鍵を持ち 三人(さんにん)の力(ちから)によって寶庫(ほうこ)を開き 中(なか)より三世(さんぜ)を見(み)る眼鏡(めがね)や 不死(ふし)の靈薬(れいやく) それから 如意(にょい)の玉や 三界飛翼(さんがいひよく)の羽根(はね)を得ましたので 早速(さっそく)父の死體(したい)の處(ところ)に來(き)て其の靈薬を呑(の)ますと 不思議(ふしぎ)にも蘇生(そせい)致(いた)しました。 之(こ)れで末永(すえなが)く平和(へいわ)な 日送り(ひおくり)が出來(でき)る事(こと)になりました。 偖(さ)て 之(これ)わ   何(なに)を 物語(ものがた)つて居(い)るのでせう。

     









昭和十一年四月十五日 印刷   昭和十一年四月二十日 發行  定價金十錢

 

  發行兼編輯・印刷人 大阪市西區西長堀北通三ノ一一  大 塚  靈 妙

          印刷所 東京市麴町區飯田町一ノ二四    新興社印刷部

          發行所 大阪市西區西長堀北通三ノ一一  靈  源  閣 
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2019年03月31日

北野さんです!

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2019-03-31 00:00:00

恐竜滅亡期と現在はそっくりだ

テーマ:『人類を救うヒット商品開発法』政木和三



『 真理は自然の中に在り 』

フォロー中

『 人類を救うヒット商品開発法 』

〜 誰にでもできる『精神エネルギー』の応用と実践 〜

政木和三

 



 

第3章 超能力 <超科学を解明>

 

 

発明、開発を飛躍的に成功させる超能力開発法

〜 あなたにも超能力が潜んでいる! 超科学で実証された超能力の秘密 〜

 

 

■ 余談として ■

 

『政木語録』第三話

 

 

『恐竜滅亡期と現在はそっくりだ』

● 『宇宙人からのメッセージ』が発する警告

 

 

 

 恐竜は七〇〇〇年前に滅亡した。

 一説によると流星の衝突によって、爆発物が上空に舞い上がり、太陽を遮断したためだといわれているが、その他の説によれば、恐竜が発達して、その数を増やし森林を食いつくし、大木を食べるために身長も六〇メートルにも成長し、より高い大木を食べるために首が長大化したという。

 そして、一日に何百キロもの葉を食べ、地球上のあらゆる森林を食べつくし、樹木による酸素化の量が少なくなり、空気は酸素不足の状態となって、巨大動物は死滅したものと思われている。

 そのころ、小型の哺乳動物があらわれて、草花の陰で生きていくことになったのである。

 現在、地球規模的に恐竜絶滅のころと同じような空気の状態となってきた。

 石油の消費は、数億年分の地下資源を、わずか二〇〇年足らずで消費し、空中の炭酸ガスの量を一〇〇年前の一〇倍にも増加してきた。

 炭酸ガスは断熱効果があり、上空にあるときは地上に太陽から来る熱量を少なくし、地上にあるときは保温効果により気温が高くなる。

 炭酸ガスの塊が上空にある地方は寒冷となり、地上付近にあるときは高温となる。

 いわゆる今日大問題となっている

 “地球温暖化現象”

 である。

 その上、熱帯地方の森林の伐採により、酸素の発生はますます少なくなっている。

 まさに、恐竜絶滅と同じような状態となり、人類は滅亡の危機にある。

 次に示す

 『宇宙人からのメッセージ』

 によれば、二五〇年後には地球の人口は数千万人となり、飛行機も自動車もなくなり、空気はもとのような状態に戻り、一万五〇〇〇年後には人口の増加をはじめ、七万年後に五〇億人に達する。

 実は、このことは十一万年前にもあったことなのだ。

 世界中の人口が二五〇年後に一〇分の一とならないように、我々が最良の対策を講じなければならない。

 それが、現在の人間に与えられた最大の任務であるのだ。


 さて、平成六年一月一七日、私のところに

 『宇宙人からのメッセージ』

 がとどけられた。

 それが下のメッセージである。
 

 


 それはかなり長大なものであった。

 その内容は-----


一、 おろかな人類がガソリンエンジンを造った。

 何故そのとき、もう一段レベルを上げ、爆発したガスをそのまま空中へ放出せず、石油に近い形に戻してから空中に出さなかったのか?


二、 ハレー彗星が、次に地球に近づくとき、尾の部分の氷が地球の大気に吸収される。

 ハレー彗星の尾の水の中に、今までは地球上に存在しなかったバクテリアが多くあり、そのために地球上にはいままで存在しなかった疫病が蔓延する。


三、 マラキ予言なるものを提唱する。

 悪魔の性を持つ、キリストをしのぐような大予言者があらわれ、世界の人々は苦しみの中に入っていく。


-----などのことが書かれていた。

 そして、私へのメッセージがあり、そこには私が昭和一五年(一九四〇年)に召集令状がきて、航空隊に入営するときに、日記帳に書き残したことが記されていた。

 それは

 『空気エンジン』

 のことなのでビックリした。

 『私が戦争で死ぬようなことがあれば、空気エンジンを必ず完成してください』

 と理論と設計を書き記したものである。

 そこで、宇宙人からのメッセージにあるように、古い日記帳を探し出して、再度の実験を行ったのである。

 そして、それを発表しよとすると、宇宙人からのメッセージ(つまり、私の肉体の中の生命体)によれば、時期を待てということであった。

 だから

 『世界的な発明』

 ということにとどめておくしかないと思っていた。

 けれども、世紀末の様相が迫り、やっと公表できる時期になった。

 そして、一九九四年の一一月に、私はこの

 『空気エンジン』

 の特許を申請したのである。

 

 

 

人類を救うヒット商品開発法
第1刷発行:1995年3月2日
第3刷発行:1995年4月5日
著者:政木和三
発行者:神尾昭男
発行所:東洋経済新報社
〒103 東京都中央区日本橋本石町 1-2-1
電話 03(3246)5661(編集)
03(3246)5467(販売)
振替 東京3-6518
印刷・製本:丸井工文社
c 1995 <検印省略>
ISBN 4-492-04081-1
Printed in Japan

 

 

 

 政木先生とのご縁の始まりは、
昭和五年生まれの私の実父が小学生時代の頃より電気のイロハを教わり、
(実際に、電気ギター制作等々、様々な電気技術のご教授を、家族ぐるみのご近所付き合いの中で個人的に無償で賜ったそうです)
その後、御晩年には、政木先生の素晴らしいご発明品の集大成のひとつとして
“世のため、人々のため”に御余生をかけ陰徳にご尽力なさいました
超強力 神経波磁力線発生器
(改名機器、インパルス磁力線、そして、Mリング。すべての御販売は巨ュ木研究所、泣Pントにて)
の製造に至るまで、数々のお仕事をお世話頂き、
政木先生がお亡くなりになる最後の最後まで、私も含め家族ぐるみのお付き合いを賜わり、
今も尚、心の底よりとても尊敬し、感謝している恩師・師匠です。

 

 

 政木和三先生の廃刊御著書

〜 精神エネルギーの奇跡・その真実 〜

『人類を救うヒット商品開発法』

 

を現状のブログデザインに合わせて

再び掲載させて頂きます。

 

 

 

 政木先生の御教えである

『目先の欲望を捨て去り、世のため、人々のために尽力せよ!』

との仰せを引き続き継承するため、

今後も少しずつではありますが、

何度も何度も繰り返す、日々の心の学びの礎として、

政木先生の御教えのすべてをこれからも紹介させて頂きますので、

皆様には引き続きのお付き合いの程、

何卒、宜しくお願い申し上げます。

 

深謝

m(__)m

 

 

 

 

 

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2018年11月23日(金)

「ボヘミアン・ラプソディ」のトゥルース

テーマ:精神世界/ニューサイエンス



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チェコ

現在公開中の映画『ボヘミアン・ラプソディ』はもう観ただろうか?

今回は衝撃的かつミステリアスなクイーンの代表曲「ボヘミアン・ラプソディ」の秘密に迫る。

ガリレオ、フィガロ、ビスミラ、ベルゼブブ・・・誰しも首をかしげるヘンテコな歌詞。

フレディはもちろん、クイーンのメンバーは誰もこの曲のトゥルースを語ろうとしない。

とくに意味などないと言う人は多いが、本当にそうだろうか?

ナノ・セカンドで深読みすると、集合的無意識が見えてくる!

 



 

ボヘミアン・ラプソディのストーリーは、一人の少年が殺人を告白し裁きを受けるというものである。

この少年がフレディ・マーキュリーのパラレルだと考えると、悲哀に満ちたドラマと謎めいた展開の結末の先端が、ようやく見え始めてくる。

 

 

第一幕:2つの歴史

主人公はボヘミアンの少年。このボヘミアンには2つの意味がある。

@自由気ままに生きる芸術家のような人々。

Aチェコのボヘミア地方からパリにやってきたロマ(ジプシー)。

 

この物語、貧しいジプシーの少年が何らかの理由により殺人を犯したのかと、誰しもがそう思うだろう。

しかし、ボヘミアンの2つの要件を同時に満たすのは、じつはフレディ・マーキュリーをおいて他にない。


フレディ・マーキュリーは、当時イギリス領のザンジバル島(東アフリカのタンザニア)で、ペルシャ系インド人のパールシーの両親の元に生まれた。パールシーとは、かつてササン朝ペルシャがムスリムに倒されたとき、イランからインドのグジャラート州へ逃れたゾロアスター教徒の末裔である。

幼少期の大半はインドのムンバイで過ごすが、ザンジバルに戻り家族と暮らし始めた矢先、ザンジバル革命が起こる。

身の危険を感じた一家はイギリスに逃れる。

 

一方、ロマは流浪の民でヨーロッパ各地にいるが、元々は北西インドのラージャスターン州の出身で、西暦1000年頃に放浪の旅に出て、北部アフリカ、ヨーロッパなどへとたどり着いたとされる。

 


 

 

 

劇中フレディが「パキ野郎」と野次られ「違う」と返すシーンがある。

ロマの故郷ラージャスターン州(22)と、パールシーの移住地グジャラート州(7)は南北に隣接していて、どちらもパキスタンの国境沿いである。

 

また、ササン朝ペルシアのバフラム5世(在位420年-438年)はインドのシャンガル王に使いを送り、リュートの演奏に巧みな男女1万人をムルタン(当時はインド、現在はパキスタン)からペルシアに呼び寄せた。その子孫がロマではないかという説もある。

 

つまり、ボヘミアンの少年とは、故郷を喪失した異邦人であり、芸事で生計を立てるフレディ自身なのだ。

英国社会ではマイノリティとして生きていかなければいけない。音楽というパラレル・ワールドは、そうした肩身の狭さから救ってくれる自由な空間だったのだ。

 

 

第二幕:2つの秘密

 

バラードは少年の衝撃的な告白からスタートする。少年がフレディの分身だとすると、彼は誰を殺したというのだろうか? これについては、すでにある仮説が立てられている。

「『ママ、人を殺してしまったよ』という部分は、

昔のイメージのフレディを自分自身で殺したという意味だ。

『頭に銃を当てて、引き金を引いたら死んでしまった』。

異性愛者としての自分は死んだ。

フレディは、演じていた古い自分のイメージを壊して、

これこそが自分なのだと、新しいフレディとして生きようとしていたんだ。」

 

これはイギリスののDaily Mailによる記事からの引用だが、フレディと共作したティム・ライス(作詞家)がインタビューで語ったもので、ボヘミアン・ラプソディでフレディが密かにカムアウトをしたのではないか?という内容である。

 

その説に便乗して付け加えるならば、ボヘミアン・ラプソディには3つのカムアウトが隠されている。

第1に、出自に関すること。先祖にまで遡る歴史的タームでのカムアウト。

第2に、バイセクシャルに関すること。これはフレディの人生の過去と現在に関する。

第3のカムアウトは、この流れでいくと、それは未来のことに関する。

どういうことかというと、カムアウトしないというカムアウトだ。

フレディは在命中に出自に関することも、バイセクシャルであることもカムアウトしなかったのである。
その代わりに、二重苦を背負わされたボヘミアンの少年はこう歌っている。

Anyone can see
誰もが知ってることさ
Nothing really matters - nothing really matters to me
たいしたことじゃない 本当に僕にはたいしたことじゃないさ

マイノリティと聞くと、その不幸な境遇から、必要以上に存在価値を高めてしまいがちである。
フレディは音楽を純粋なエンターテイメントと考えていた。
音楽がなんらかのメッセージ性を持つのは避け難いし、むしろ積極的に主義主張が盛り込まれるものである。

しかし、同時にそれは受け取る側の自由を奪いかねない。
音楽はフレディにとって最大の現実逃避の場だったし、聴き手にもそれを望んだ。

仮にフレディがマイノリティであることをカムアウトしていたらどうなっていただろう。
音楽や芸術は反権力の原動力となりもするが、権力自体にもなりかねない。
そうしたことが、音楽の純粋な評価を妨げてしまうかもしれない。
だから「同情はいらない」とボヘミアンの少年は歌うのだ。
 

 

第三幕:2人の偉人

 

彼を第3のカムアウトに導いたのは何だったのか?

そして、その宣言はどのような形でボヘミアン・ラプソディに提示されているのか?

曲中もっとも謎めいているオペラパートにそのヒントはある。

 

I see a little silhouetto of a man

1人の男のシルエットが小さく映る

Scaramouch, scaramouch will you do the fandango

スカラムーシュ 道化の者よ ファンダンゴを踊っておくれ

Thunderbolt and lightning - very very frightening me

雷鳴と稲妻ーとても恐ろしい

Gallileo, Gallileo,

ガリレオ ガリレオ

Gallileo, Gallileo,

ガリレオ ガリレオ

Gallileo Figaro - magnifico

ガリレオ フィガロ〜貴き人よ

 

これらの固有名詞には意味がない。単なる音遊びだ。オペラだからオペラにちなんだ言葉が並び立てられているだけだ。そう信じるのは今日までである。

 

「スカラムーシュ」とはチベリオ・フィオレッリ(17世紀フランスにおいて、最も有名な喜劇役者の1人)が演じ、得意とした役名である。この役は元々イタリアにおいて「隊長スカラムッチァ(Scaramuccia)」として生まれたものを、フィオレッリが下僕役として進化させてフランスに持ち込み、多大な影響を与えたのである。

彼が演じた「下僕スカラムーシュ」の特徴は、「女と酒好き」ということである。好きと言っても生半可なものではなく「女であれば誰でもいいし、酒であるなら何でも大歓迎」という考えを持つ。本来下僕役だが、プライドは高く、旧家出身であることを自慢し、素寒貧のくせに無限の富を持っているかのような態度をとる。(ウィキペデアより)

 

 

一人の男のシルエットは過去の自分なのだろう。表向きはセレブだが、それは身分を詐称して貴族のように振舞う道化師のようなものではないか。ファンダンゴを踊らせてみろ。たちどころに正体がバレてしまうのでは?

なぜなら、ファンダンゴとはフラメンコ、つまりジプシーの音楽なのだから。

 

ファンダンゴ(Fandango)はスペイン起源のダンス、またはそれとともに歌われる歌あるいは音楽。特にフラメンコで男女ペアで踊るダンスが有名。18世紀末にはスペインのみならず全ヨーロッパで知られ、バレエやオペラにも取り上げられた。クラシック音楽でも、モーツァルトの『フィガロの結婚』を始め、多数の作品に残る。(ウィキペディアより)

 

ここでフィガロとの関係が指摘される。オペラだからフィガロを引用したとする意見は多いが、それなら他のオペラでもいいわけで、フィガロでなければならない理由はちゃんとある。

 

フィガロの結婚は、フランスの劇作家ボーマルシェが1784年に書いた風刺的な戯曲、ならびに同戯曲をもとにヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが1786年に作曲したオペラ(Le Nozze di Figaro, K.492)である。

封建貴族に仕える家臣フィガロの結婚式をめぐる事件を通じて、貴族を痛烈に批判しており、たびたび上演禁止に遭った。ウィーンでは期待したほど人気を得られなかったものの、当時オーストリア領だったボヘミア(現在のチェコ)の首都プラハの歌劇場で大ヒットした。(ウィキペディアより)

 

そう、フィガロの結婚はボヘミアでヒットしているのだ。

全てはフレディの中に流れるボヘミアンの血につながっているのだ。

しかし、ボヘミアンだった過去の自分は葬り去ってしまった。

今後世間とどのように折り合いをつけて行くべきなのか。

Too late, my time has come. 

でも、もう遅い。最後の審判は来てしまう。

 

雷鳴が轟き少年は畏怖する。雷鳴は神の登場の合図である。だが、まだ少年は神が何者か気づいていない。

ここで2人の人物の名が告げられる。そう、研究者を悩ます最大の暗号!

 

 ガリレオ フィガロ

 

ガリレオ・ガリレイは言わずと知れた天文学者。フィガロは前述の「セビリアの理髪師」である。

共通点として反権力的な人物ということが挙げられる。

ガリレオ、フィガロの後にマニフィコと続く。偉大だとか、素晴らしいという意味。

 

確かにガリレオの功績を否定する者はいないだろう。有罪になってもなお「それでも地球は動いている」と信念を貫いた点でも、彼が偉大であることは間違いない。

では、フィガロの偉大さとは何だろう?

賢い人物ではあるが、ガリレオの賢さとはタイプが違う。

彼は世渡り上手だが、人の為ではなく自分の為に行動する。

しかし、伯爵の召使いに過ぎない男が、自分の為に行動した結果、主人である伯爵を成敗するというのは、当時の庶民には「許されない自由」だった。

「フィガロの結婚でもうフランス革命は動き出していた」とナポレオンが述べたように、フランス革命のシンボルとなったフィガロもまた偉大と言えるのだろう。

ただし、ガリレオは牢にぶち込まれ、フィガロはアンシャンレジームを打倒した。

何れにしても、自由のために権力に屈しなかったし、正しきことは歴史が証明してくれる。

さて、現実は1つ。どちらの人生を選ぶのか?少年とフレディは選択を迫られる。

 

ちなみに、ガリレオが三回連呼されているのは、ガリレイの父ヴィンチェンツォ・ガリレイと弟ミケランジェロ・ガリレイと合わせた3人のガリレオのことかもしれない。父と弟は高明な音楽家である。

 

 

第四幕:2つの原理

 

But I'm just a poor boy and nobody loves me
He's just a poor boy from a poor family
Spare him his life from this monstrosity
彼は貧しい生まれの哀れな男この怪奇な運命から命を救ってやろう
Easy come easy go - will you let me go
気ままな人生を送ってきたんだ 僕を逃がして

 

弁護団が少年を擁護し、少年も懇願する法廷のワンシーン。

だが、これはカミングアウトをすれば楽になる、助かるよということなのだ。

 

Bismillah! No - we will not let you go - let him go
「神に誓って お前を逃がしはしない」ー 彼を逃がしてやろう

 

ビスミラとはコーランからの引用。つまり神とはアラーのことだ。アラーは許さないと言っている。

それに対して行ってよし!ゴーサインを出そうとする声。ゴーサイン=カムアウトである。

 

Will not let you go - let me go (never)
「いや 逃がさない」ー僕を助けて
Never let you go - let me go
「いや絶対にダメだ」ー助けて
Never let me go - ooo
No, no, no, no, no, no, no -
ノーノーノーノーノーノー
Oh mama mia, mama mia, mama mia let me go
ママ ママ 愛するママ 僕を助けて

Beelzebub has a devil put aside for me for me
魔の王ベルゼブブが、僕に悪魔を差し向けるんだ、僕に・・・

 

法廷の最後の審判で登場するのは、サタンに次いで力を持つとされる魔王ベルゼブブである。

ハエの姿をした悪魔であるが、本来はバアル・ゼブル =「気高き主」あるいは「高き館の主」で、嵐と慈雨の神バアルの尊称の一つだった。そう、ファンダンゴの後の雷鳴はこの神の登場を知らせていたのだ。

 

パルミュラの神殿遺跡でも高名なこの神は、冬に恵みの雨を降らせる豊穣の神であった。一説によると、バアルの崇拝者は当時オリエント世界で広く行われていた、豊穣を祈る性的な儀式を行ったとも言われる。

しかし、イスラエル(カナン)の地に入植してきたヘブライ人たちは、こうしたペリシテ人の儀式を嫌ってバアル・ゼブルを邪教神とし、やがてこの異教の最高神を語呂の似たバアル・ゼブブすなわち「ハエの王」と呼んで蔑んだという。これが聖書に記されたために、この名で広く知られるようになった。

(ウィキペディアより)

 

バアルは「戦士」の姿をした嵐の神であることから、ゼウスやマルドゥック、スサノオなど、主神クラスの古代神は性質上バアルと何らかの関係がある。それらの神の象徴は「牡牛」で示される。

じつはボヘミア地方の名前の由来はケルト人のボイイ族の名前なのだが、boio-が「雌牛」または「戦士」を意味しているという。

 

偶然だろうか、ジプシー文化の根付くアンダルシア(スペイン)や、ジプシーキングスの出身地アルル(フランス)では、闘牛が名物なのである。

 

闘牛士(マタドール)の由来について

アルフォンソ10世の時代に、ピレネー山脈からラ・リオハ地方にかけて「マタトロス」と呼ばれる職業的な牛殺しが現れるようになった。屠畜を見世物とするマタトロスたちは社会の最下層と位置づけられていたが、やがて騎馬闘牛の助手として闘牛に欠かせない存在となり、闘牛が盛んになるにつれ社会的な地位も変化していった。(ウィキペディアより)

ジプシーも社会の最下層に位置するが、マタトロスとの関係は不明だ。しかし、屠畜文化は生贄の動物を屠る宗教的儀式に端を発していると考えられる。

ゾロアスター教と関係の深いミトラ教の密儀は牛供養だったし、地中海を牛耳ったフェニキア人が崇拝し生贄を捧げた神はバアルだった。

 

じつは、バアル崇拝は形を変えて現代に蘇っている。

メロイックサイン・・・ロックやヘヴィメタルのライブで見かけるあのポーズである。

 

もちろん牛の角=バアルを模してたジェスチャーである。(サタンは聖書で蛇や龍に例えられる)

悪魔のハンドサインと呼ばれるこのジェスチャー=コルナは古くから地中海に伝わる邪視返しの呪いであるが、1960年代後半から悪魔教会のアントン・ラヴェイがロックミュージシャンを通じてリバイバルさせた。

 

クイーンが登場した70年代初頭のロックシーンは悪魔崇拝にどっぷり浸かっており、ビートルズやローリングストーンズ、レッド・ツェッペリン、ブラックサバス等、多くのグループが暗黒面のパワーを支持していた。

フレディもまた、暗黒面に堕ちたミュージシャンの一人だったのだ!

 

これが証拠の映像である。

 

 

 

 

 

お分かりいただけただろうか…

フレディは唐突に牛の角のついたキャップを装着する。

暗黒面のフォースが、彼にそれを選ばせたのだ。

 

さらに、1988年に発表された、スペインの世界的オペラ歌手モンセラート・カバリエとのコラボレーションアルバムの中でフレディは再び神の名を歌い上げている。

 

「バアルセロナ」と・・・

 

 

 

 

冗談はさておき、フレディはゾロアスター教の洗礼を8才の頃に受けている。

ゾロアスター教の最高神はアフラ・マズダー。

アフラとはアスラのこと。アスラに属するヴァルナ神こそアフラ・マズダーの原型である。

このヴァルナが、バアル(牛魔王)とナーガ(龍蛇)の姿となり世界に広まって行った。

そう、少年に差し向けられたバアルゼルブとは、キリストでもイスラームでもない、フレディのよく知るアフラ・マズダーだったのだ。

フレディは暗黒面に堕ちたのではない。全く逆だ。

彼は崇めるべき神が何なのかはっきり理解していたのだ。

そうでなければ、マーキュリーを名乗らない。

彼の本名ファルーク・バルサラはインド・南グジャラートの町であるバルサードに由来する。

過去の自分を殺し「フレディ・マーキュリー」と改名した。

奇しくも、ミトラ教徒の位階で守護星座にマーキュリー(水星)を持つのはペルシア人とされる。

 

 

第五幕:2つの世界

 

ゾロアスター教は善悪二元論の特徴を持つ。

ハルマゲドンや最後の審判の元ネタはゾロアスター教だ。

ボヘミアン・ラプソディのオペラパートは2つの原理がぶつかり合うゾロアスター的な様相を呈している。

そこには、第3の選択=「カムアウトしない」にたどり着くまでの経緯が詳細に描かれていたのだ。

フレディは最終的に、聖書やコーランが説くこの世界以外にも居場所があったということに気づく。

ゾロアスター教は、飲酒や牛・豚・羊などの肉を食べることを禁じていないし、善なる神が創造したこの世界を楽しみなさいという、寛大でハッピーな宗教なのだ。

そうした神に見守られながら描く世界=音楽に窮屈さはない。自由なのだ。

 

So you think you can stone me and spit in my eye
それじゃ 僕に石をぶつけ顔につばを吐きかけようと思ってるんだな
So you think you can love me and leave me to die
僕を見殺しにしてそれでも僕を愛していると言うつもりか
Oh baby - can't do this to me baby
ああ 君がそんな仕打ちをするなんて
Just gotta get out - just gotta get right outta here
すぐに逃げ出さなくては、今すぐ ここから逃げ出さなくては
 

オペラからハードロックに変わり、開き直ったかのように怒りをぶちまける。

少年とフレディはシンクロしているが、少年とフレディのいる場所は互いに異なる原理の上に成り立っている世界である。

もしカミングアウトすれば、現実世界ではひどい目にあうだろう。ガリレオもそうだった。

だけどフィガロは架空の人物だ。少年と同じ音楽劇の主人公だ。

この際、お互い自由でいられるために、現実と幻の区別をつけよう。

そう、僕(少年)は幻の存在。最初に戻って、Is this the real life? Is this just fantasy?
これは現実なのか?それともただの幻か?って歌うのだ。

現実の僕(フレディ)は今すぐここから出て行ってくれ。

少年がカミングアウトしてくれるはずさ。フレディの僕は黙っていよう。

それでも苦しくなったら、いつでもボヘミアンとシンクロしてこの分岐点に立ち返り、何度でも僕自身を殺して復活するだけなのさ。

Nothing really matters - nothing really matters to me

だから、本当にどうでもいいんだ。僕にとってあいつは仮の姿なんだから。

 

フレディはゾロアスターの風葬で葬られた。

ボヘミアン・ラプソディの最後はこう締めくくられる。

 

Anyway the wind blows...
どっちみち 風は吹くのさ

 

 

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2019年03月19日

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2019年03月10日

極めて 大切な話です。

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山田正彦 オフィシャルブログPowered by Ameba

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最初の投稿を書きなおしましたので、長くなりましたが ぜひシェア拡散していただけませんか。
 
日本でも収穫前にラウンドアップが国産大豆でも撒かれていることが明らかになりました。
北海道と福岡県では間違いありません。ホクレンの農家へのチラシを読んでください。(写真)
 
大豆の栽培では畝間の土を農機具で土で覆えば雑草は生えてこないのですが、岐阜県では大豆雑草の中耕、土寄せ禁止、適期間に除草剤散布をと日本農業新聞に。
 
ラウンドアップを国産大豆にも散布させるのでしょうか、実は それだけではないのです。

1年少し前に なりますが、日本だけはこっそりと、 残留農薬の基準を小麦では6倍 蕎麦では 150倍 菜種などの油脂類では 400倍に 緩和しましたのです。

小麦、大豆、菜種も 収穫前に 散布されるおそれが生じて来ました。もし関する情報がありましたら教えてください。

最近 中国が 米国からの小麦の輸入を制限、カナダからの菜種の輸入を禁止しました 。

日本の新聞では 日米の貿易紛争 カナダとは ファーウェイ(AI)の 報復の為だと報道していますが、そうではありません。

最近、中国は国民の健康を守るためにグリホサートの残留農薬基準を0.2 ppm まで 厳しくして、輸入農産物から 収穫前のラウンドアップ散布を 回避したのです。

ちなみに、中国もロシアも 遺伝子組み換えの栽培には 除草のため ラウンドアップは避けられませんが、実は 遺伝子組み換え作物そのものの 栽培を止始めたのです。

直ぐには そうならないでしょうが、 日本は逆に 遺伝子組み換え作物も グリホサートも安全だとして これから国民に周知徹底させると 述べています。
 
長崎の私の友人がジャガイモの種芋を栽培してきましたが、隣の畑でラウンドアップを散布されると、種芋に発芽障害が生じて使い物にならないと嘆いていました。
 
畔草などにラウンドアップを撒くと畦が次第に崩れてくること、茂原市の農家では猫好きな農家が2匹続けて死んだので一切外に出さないようにしたと。
 
JA等でも撒いたら直ぐに分解を始め、アミノ酸だから安全ですと本当に信じて農家に勧めているようです。
 
WHOの癌研究機関では2015年に発癌性があることを表明、米国の裁判でも学校の用務員の癌患者がラウンドアップを撒いたとしてモンサントに320億円の賠償を命じました。

人間の胎児と同じ大きさの海老が、ラウンドアップの主成分グリホサート6.2ppmで死ぬことが実験の結果、明らかにされています。
 
グリホサートは癌の原因だけでなく、自己免疫疾患、自閉症の症状の一因ではないか、ともされています。
 
米国の裁判以来、世界の33の国が使用禁止(表参照)、近い将来グリホサートを禁止としているのに、日本だけは野放しの状態です。
 
残念ながら、今の日本では、ラウンドアップは農家にとって 除草の為に使わざるを得ないものになっています。

しかし、つい4カ月前にラウンドアップに代わる天然資材の除草剤が開発されオーストラリア政府は承認しました。
 
葉の表面のワックスを分解して水分を飛ばして、撒くと2時間程で雑草が枯れる強力なものだそうで価格競争力もあると言われています。
 
福岡県の宇美町では町がラウンドアップの使用をを禁止しました。

市町村で収穫前のラウンドアップの散布を禁止すれば、法律がない、最高規範として法的拘束力を持ちます。

闘いはこれからです。地方から政治を変えましょう。

そして、グリホサート系統の除草剤、ラウンドアップだけでなく草取り君等700種類程がホームセンター、100円ショップで販売去れいます。

みんなで一斉に、抗議の文書、FAXを送りましょう。

 

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福岡正信「50年前にユダヤ人から聞いた話」:いかにして日本人を殺すかの戦略!

2017-02-23 15:47

みなさん、こんにちは。

ミイラの話を見ていた時に偶然見つけたのだが、故福岡正信さん




という方の生前の講演会のYouTubeが実に興味深いものだった。これである。

50年前にユダヤ人から聞いた話 福岡正信


自然農法家の福岡正信さんが、ユダヤ人から40〜50年前に直接聞いた世界戦略(TPP?)を語る

転載開始(動画の内容を文字起し)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 アメリカの農業は狂っていると書いてありますね。
 それよりもっと面白いことがあって、一昨日の晩にこんな言葉で書いていたんだと。
 今の世界戦略が書いてあります。自分のじゃあ無いんですよ。ここに書いてある。
 これ話したらいいかな?ここにね。アメリカ人が居ったらちょっと都合が悪いんだけど。シアトルのルーマニア系?ユダヤ人では無いですよね?ユダヤ人でもあっても良いんだけど、ユダヤ人から聞いたことが書いてあるんです。大丈夫かな?
 ユダヤ人の人がこういう事を言っているんです。

 『福岡さん、貴方だから話すんだけど、私たちの考え方、やろうとしていることはこういう事ですよ。』
 ところがその戦略が、現在、全く其のとおりである。
 其の戦略が、現在も続いてやられているだけじゃあ無くて、テレビ観ていたら今の首相がね、話していたんですけど、全くそれです。皆さんそんな事に気がついている人は居ますか?
 この前のね、1月前だか2月前だか、今の国会で演説して、それから野党の土井たか子さんがそれに対して意見を言う、首相はそれに対して違う演説をしている。

 一つは郵便制度の改革、道路公団、そしてね農業革命、新しい米作りとの3点をね、今の小泉さんが国会で言っていて。たか子さんが言う事には答えないで、其のことばかり話していた。
 其の戦略がね、僕がアメリカへ行って、40〜50年前にね、ユダヤの人から聞いた話がそっくりそのまま国会で今の首相が演説しているんです。

 これだけ話したら皆さん気がつくでしょう。
 今の世界がどちらを向いて行っているのかという事をね。
 東京へ出てきて、こりゃ大変な事になっているんじゃないかという気がするんですよ。
 遺伝子組み換えの事も後で話したいと思っているんだけど。
 戦略というのは、如何に世界の地球の人類をコントロールするためには、どういう手段が有るかって事で。
 一つは、一番最初は農民滅ぼし。農民滅ぼしをするには、其の国の農業を滅ぼせばいいでしょ。日本を滅ぼすんだったら、小麦をね。アメリカの小麦にするんですよ。パン食にする。
 それまでは、日本の農民の主食は麦飯だった。それと反対にね、小麦のパン食にしてバターやミルクばかりにしたら、どうなるか。

 ユダヤの人が考えている事がわかる人はいますか?
 日本の作物をね、変えることが戦略。
 日本の裸麦を追い出して、小麦にする。そいで小麦にしたら、アメリカの安い小麦を日本に輸入したら、日本の麦作りが病んで来るだろう。
 日本から麦作りを農民の手から、諦めさせるような戦略である。
 それで横から、日本はさつまいもが多い。芋と言ったらね。
 それをポテトの方に変えていく戦略の方を取っていくと、結局小麦がアメリカの小麦になってしまう。
 そして、日本の食糧をアメリカの方が考えている戦略に巻き込んでいったら、日本の農民は潰れていく。
 目に見えんような今の戦略から入っていって、日本を殺す。
 農民が折れてしまったなら、後は簡単だ。
 
 日本の米というのは、米を神様だと思って祀っているでしょう。

 自然農法は人間が作る米作りをしているんじゃ無いんです。
 自然が作る米。
 メコン川の上流辺りの原始人の米は、自然が作っている米。

自然農法家 福岡正信さん 世界戦略語る
月刊「マクロビオティック」98年5月号より



In Deep氏とか、日本や世界や宇宙の動向さんとか、今この期に及んで、世界のネガティブな面を取り上げて警告するのはよろしいのだが、彼らは気づくのがあまりに遅すぎたのである。

私はもう十数年前の前の前のブログ時代からそういうものを取り上げてきたわけだ。ここでもブログ1にはさんざんメモしてきた。だから、そういうものをネタにYouTubeにアップしてまとめたものもたくさんある。

今起こっているのは、確かに偽ユダヤ人が関わっているには違いないが、トップレベルの富裕層にとり人種は問題ではないのである。

今起こっていることは、もうずっと前から言われてきた「アングロサクソン・ミッション」の計画(アジェンダ)の流れに乗っているにすぎない。

古くは、1980年代の「300人委員会」や「ビルダーバーグ会議」などの話の中で出てきたアジェンダ「世界人類牧場化計画」の一貫である。

故太田龍の「ユダヤの日本侵略450年の秘密」:失われた10支族の視点も欲しかったナ!?



(デービッド・アイクと故太田龍氏)



今頃になって慌てて「アメリカ第一主義」「日本第一主義」を掲げても遅すぎるのである。

これからは相手の頭脳を想念でコントロールできるような能力を持つ人間だけが生き延びるのである。ヒトラーが言った「新人類」とはそういうタイプの人間である。

今は人類が大きくわけて二種類に進化分化を行っている最中と見ることが出来る。

我々が牛や馬や豚や鶏をいつでも殺処分できるように、武器を持ち、法の上を歩き、人間をいつでも殺処分できる権利や能力を持つ人類と、逆に言われたままに反応するだけの日本人のような従順な人類との2種類に分化するのである。

ユダヤ人や朝鮮人は、いわば噛みつき犬や放牧犬にすぎない。いつでも殺処分出来る存在でしかない。

実はこれが現実なのである。

最先端の科学技術を持つ連中は、反重力の乗り物に乗って自由にただで行き来している。火星、金星、月、および海底にも地下にも行っている。

かつてヨーロッパの支配層のユダヤ人が一般人に対して、海の向こうには悪魔が住み、地球は平たい板のようなもので、その果てには滝があるといって、海を航海するのを恐れさせたように、NASAはあくまで一般人をある枠組みの中に囲い込む役目にすぎないのである。

例えば、昨日のように、39光年先の太陽系外に7つの地球のような惑星が見つかったという発表を行う。その意図は2つある。

1つは地球人類に太陽系内で人が住んでいるのはこの地球だけだ、むろんエイリアンはいないという認識を染み込ませることにある。
2つ目は、太陽系外に7つの地球型惑星があるということで、然るべき筋には、この太陽系もそうだということを教えているのである。つまり、水金地火木土天海冥と月のうちの7つには人が住んでいることを暗示しているのである。

もしあなたが上の方だとしたら、もう終りである。ゆくゆくはその子孫は家畜になる運命であろう。

実際に月、火星、金星、土星の衛星などには米軍人の宇宙軍兵はすでに基地を作っているのである。

これが「第三の選択」と呼ばれたものである。これは1950年代には計画されたものある。

物事を理解し信じる能力のない人間には、いくら真実を語ろうがそれは素通りする。繰り返せば、嘘つきにしか聞こえない。さらに繰り返せば、気違いにしか見えなくなるわけだ。

例えば、いまIn Deep氏や日本や世界や宇宙の動向さんが警鐘を鳴らしているようなことは、私はずっと前にメモしてきたが、その頃はキ印扱いされて誰もまともには信じなかった話だが、それがいまになって現実だと見えてきたから驚いているにすぎない。

ピザゲートやディズニーゲートは、ディズニーランドがアメリカに出来た時代から始まったものである。

Illuminati mind control - "Bimbo's Initiation" - MK-ULTRA - Monarch mind control



子供用遊園地はディズニー映画のピノキオにも描かれているように、ストロンボリのような子供さらいがいて、子供が無人島に連れて行かれてドンキーにされてしまうというような話で、ピザゲートの問題が語られてきたのである。

ディズニー『ピノキオ』(1940) より 「遊んでばかりの子供はロバになる」



たとえば、こういったものが、ピザゲートの根底にある。

最近のネットジョークの数々:サブミリナル絶大編!?





我が国では、欧米の偽ユダヤ人の代わりを在日朝鮮人がやり、欧米の支配層の役を日本の悪い経営者がやっているわけである。

ちなみに、この「偽ユダヤ人」という日本語造語を採用したのも私が最初である。亡きアメリカの歴史学者のジャック・オットー博士がはじめて「フォールト・ジュー(Fault Jew)」「ファルス・ジューウィッシュ(False Jewish)」と呼んでいたのを採用したまでのことである。

アジア人は馬鹿か?:もっといろいろ読み学べ!




まあ、そういうようなわけで、いまごろ騒いでも遅すぎるし、いくら(あ)ワクチンが悪いぞ、(い)フッ素は猛毒、(う)サプリは内臓を痛める、(え)トマトは老化を早める、(お)コーヒーは体に良い、(か)ココアは脳細胞を増やす、(き)マクドは家畜の餌だ、(く)アスピリンで若返る、(け)石膏で寿命が伸びる、と説明しても、理解能力のない人には眉唾の嘘にしか聞こえない。

さらには(こ)中央銀行は民間企業だ、(さ)銀行は借金で成長する、(し)ユダヤの財産はペーパーマネーや株式だから、金融に関わるな、(す)オークションはゴミを高値売りするユダヤのタルムート商法にすぎない、(せ)朝鮮人は別系統のヒトモドキだ、(そ)支那人は人食い人種だ、(た)白人の最終ターゲットが日本だ、(つ)人工地震は核で起こす、(て)日ユ同祖論はありえない、などと言ったところで、だれにもその真偽が判別できないわけである。

だから、ほとんど警鐘や警告は無意味なのである。


それよりはむしろ、悪環境を嘆く代わりに新環境を生み出すべきなのである。

かつてフラーが言ったように、人は環境を変えることが出来る。環境の変化から人は徐々に変わる。


そんなわけで、今は過渡期、まさに過渡的現象の起こっている時代ということになる。

新人類か、旧人類か、あなたはどっちへ進むのか?

どうもそういうことのようですナ。


かならずしも大金持ちが新人類になれるわけではない。

まさに神のみぞ知る世界なのである。


いやはや、世も末ですナ。


おまけ:

自然農法の創始者、福岡正信さんがユダヤ人から聞いた世界戦略を語る!「最初は農民滅ぼし。日本の作物を変えることが戦略」



おまけ2:

自然農法・福岡正信さんが死去

四国・愛媛で自然農法を提唱し日本の有機農業の発展に大きな影響力を及ぼした福岡正信氏が亡くなられた。95歳だった。
福岡さんは「自然には一切の人間に必要なものがすでに存在し、人間があれやこれや考えずとも自然の理を知り、それに従って生きることが本来の幸せである。」と考えられた。(以下省略)












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2019年02月04日

玄米ご飯

天下泰平

プラズマ錬金術の長岡式酵素玄米

2019/01/30 13:30

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「太陽の家推奨品」と書かれた、お米二升も入る業務用保温ジャー。

これは、日本で酵素玄米ブームを引き起こした本家本元である「長岡式酵素玄米」の保温ジャーです。



先日、講習会に参加して、我が家もようやく長岡式酵素玄米を取り組み始めました。

健康をテーマにしている2019年。

普段の食事内容も少し見直し、特に主食であるお米をより自分たちの身体に合ったものを選択する中で、食べる度に身体の調子が整う酵素玄米が気になっていました。

また、せっかく自然栽培でお米を自給しているので、それ(お米)だけで満たされる食生活だと理想であり、酵素玄米は、あらゆる面において自分たちの生活にはぴったりでした。

まず、酵素玄米だけでも十分な栄養とエネルギーを吸収することができ、酵素玄米食だと主食と副食の割合が7対3となります。

現代食は、おかず(副食)中心であり、おかず7割、ご飯3割で逆転していますが、これがご飯7割になると、身体も料理の支度もとても楽であり、質素なようでエネルギーが高い食事で心身ともに満腹感があります。

本当に身体が求める食事だと、毎日同じような食事内容でも飽きません。

実際、長岡式酵素玄米は、3歳以下の幼児がバクバク食べるとか。

そして、酵素玄米の特徴として

「腐らない」

というものがあります。

それも、腐らないどころか、時間が経てば経つほど、美味しく、栄養も高くなるという優れもの。

長岡式酵素玄米では、1度に一升炊きますが、炊きたてよりも3日以上の方が消化も良く、美味しく、健康への効果も大きくなるようです。

酵素の力が日々倍増して、1週間経つと酵素は百倍にもなっているとか。

10日以上も経つと、普通のお米は到底食べられたものではありませんが、酵素玄米だと逆に最高峰の状態であり、もはやクスリやサプリメントを超えるエナジー食となります。

玄米なのに、酵素玄米になると白米の半分の時間で消化。腸内環境を整えるのには、抜群の食事となります。

これがマズければ、ここまで普及することもなかったのでしょうが、酵素玄米は苦手な人もいるかもしれませんが、個人的には白米よりも玄米よりも好きな味と食感であり、赤飯好きの人であれば概ね好まれると思います。

もはや良いところばかりの酵素玄米ですが、長岡式酵素玄米となると、すべてがメリットだけではなく、多くの人が導入できなかったり、導入したけど続かなかったことに

「作るまで手間がかかり、道具を置くスペースもない」

という部分があります。



我が家も、早速講義で習った通りのルールに沿って実践してますが、まずはお米そのものも、いきなり洗うのではなく、分量を測る前に、ダメになっている粒はないか、籾(もみ)やゴミは入っていないかを目視しながら除去する作業があります。

ある意味瞑想にもなり、好きな人には好きな作業ですが、苦手な人には苦手な作業。

仕事にしろ、家事にしろ、日々を忙しく生活している人にとったら、なかなかゆっくりお米と向き合う時間も取れません。

でも、実際に自分の体の中に入るお米。酵素玄米においても主役であり、こうしてお米の一粒一粒と向き合うと、なんとも言えない愛着や感謝の気持ちも湧いてきます。

まして、それが自分たちが栽培したお米になってくると、我が子のように愛おしい存在になってくるものです。



こうして選別された玄米を、ステンレス製のザルにて、水の中でユサブリをかけ沈殿物、砂などの洗い抜きを行い、水を切ってから一升炊きの圧力鍋の内釜に入れます。

長岡式酵素玄米の特徴1つとして、手で玄米はさわらないことが鉄則であり、玄米に静電気がつくことを極力避けるように考えています。

逆に玄米にまとわりついている静電気を徹底的に分解することも大事にしており、サンナトリウムという専用の塩を炊く前に入れ、そして専用の泡立て器で右回転で3分間以上グルグル白くなるまで掻き回します。

ついつい、手の持つ微生物の力、放射エネルギーの力など、人の手が加わることがプラスになると思いがちですが、長岡式酵素玄米では、どちらかと言えば静電気が発生するというデメリットの部分を避けるため、あえて手を加えない調理法となっています。

そして、火にかけて放置ではなく、ここからも細かい火の管理が必要。

火加減が25分、13分、15分と調整が必要です。

何よりも、この最後の15分は、圧力鍋の回転も止まって、水分が無くなっているにも関わらず、そこに追い打ちをかけるように15分間も火にかけます。

「条件が揃うとパチッ、パチッっと釜の中が真空状態になりオーロラ現象が発生します」

「これで有機ゲルマニウムが生まれるのです」

講習会の時、何気なく説明にありましたが、この説明と実際の現象を見て、なぜに長岡式酵素玄米が他の酵素玄米とひと味もふた味も違うのか、なぜ、ここまで道具から調理法にまで徹底的にこだわっているのか、少しわかったような気がしました。

「これって錬金術・・・」

長岡式酵素玄米は、一見は普通の健康料理のように見えて、その調理法は現代版の錬金術です。

プラズマ(オーロラ)現象を人工的に発生させ、それによって原子転換を圧力鍋の中で引き起こしているとすれば、ここで言う「有機ゲルマニウム」の発生も決してトンデモ話ではなく、科学的に十分にあり得る話だと思います。

朝鮮ニンジンや霊芝(れいし)など、古代より生薬や漢方として利用されてきた薬草に微量含まれる有機ゲルマニウムは、純度が高いものは非常に高額取引されており、1g1000円ほどの価格も珍しくはありません。

それだけ貴重で健康や美容、アンチエイジングの世界でも注目されている有機ゲルマニウムが、なんとご飯を炊くだけで生み出せるとは、まさに錬金術の世界。

プラズマ現象は、事実上の「雷(神ナリ)」であり、円盤が飛ぶ原理にも応用されたり、古代でも未来でも必須のテクノロジーだけあって、既存の科学や常識では不可能ということも、いとも簡単に可能にしてしまう力があります。

「まさかプラズマを利用しているとは、、、おそるべし長岡式・・・」

ついつい、普通の目線で見てしまうと、専用道具も揃えるのは高いし、講習を聞かずとも、ネット情報だけで自分のやりやすい酵素玄米が作れたら良いと思ってしまいますが(自分もそう思ってました)、これがプラズマ現象となると話は別で、長岡式は、これを引き起こすために、道具も特殊に加工してあったり、事前準備もぬかりないように計算されています。



長岡式酵素玄米は、医食同源・断食玄米菜食を指導していた秋田県の医師「長岡勝弥先生」が酵素玄米の炊き方を考えましたが、その背景には、ある1人の宗教家の助言があって完成したものと言われています。

それは高橋信次さんという方。

高橋信次さんと言えば、かの有名な宗教法人GLA創始者であります。



会員数は5万人以上、全国から世界にまで幅広いネットワークを持っているGLA。



実は八ヶ岳とも縁が深く、驚くべきことに、うちの農場の真裏が、このGLAの八ヶ岳研修施設となっています。

高橋信次さんは、かなり力を持った霊能者であったと噂は聞いてましたが、長岡式酵素玄米に関わっていたとは知らず、プラズマ現象にまで到達できたのも、高次元からの関与があれば納得でもあります。



さて、火を止めてから約50分で一応は完成。

そして、手間暇問題ともう1つ、多くの人々が挫折する

「置く場所がない」

と言われるのが、冒頭でも登場した大型の業務用保温ジャー。

これで75度、きっちり保温して発酵熟成させるのがポイントのようです。



もちろん、炊きたてでも絶品の酵素玄米。食べると、すぐにお腹が動き出すほど体感があります。

長岡式に限らず、基本的にはどの酵素玄米も良いものだとは思いますが、プラズマ(オーロラ)にまでこだわっているのは、長岡式酵素玄米だけかもしれません。



今回、たまたま山梨県の甲府で講習があって参加しましたが、そこに来られたのは、新井郭之さんという、長岡先生から引き継ぎ、長岡式酵素玄米全国に普及されている第一人者の方でした。

「それにしても元気でスーッと軸も立っていて、頭の回転も早い人だな」

パッと見て、60代後半か70前後だと思い、その年代の人にしては、かなり元気な人だと思っていたら、まさかの新井さんは1938年生まれとのこと。

今年81歳ということになりますが、信じられないほど若々しい姿でした。

これは生き証人。長岡式酵素玄米を40年以上も続けていると、こうも元気で若いのかと驚かされます。

長岡式酵素玄米に興味ある人は、埼玉県の川越にある本部や全国各地で講習を行っていますので、ぜひ一度足を運んでみてくださいませ。

太陽の家

講習料そのものは、無料や施設利用料で500円などであり、別に無理に道具を買わされたりなどの営業行為も一切ありません。

逆に講習を受けないと道具は買えないので、本格的に導入したい方は、講習を受ける必要があります。

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